人は、「眠れない」という事を意識してしまうと、ますます眠れなくなってしまう生き物らしい。
魔族だけれど。
どうにも全く寝付けない。何度か寝返りを打つうちに、頭はますます覚めてきてしまった。聞き慣れたくもなかったが、最近はすっかり聞きなれてしまった感のあるグビビグビビという見た目美少年に似つかわしくない鼾も、気になりだしたら耳について仕方が無い。本来の原因はそれではないと分かってはいるが、健やかな天使の寝顔にもなんとなく腹が立ってきた。さっき蹴られたばかりだし、ドサクサに紛れて一発殴ってやろうか。完全なる八つ当たりだ。そんなことをしても眠れるハズもないのに。有利は大きく溜息をつくと、もう無理に寝ることを諦め、潔く寝床から出ることにした。
そっと寝具から抜け出し、凛と張り詰めた空気の中で自然と息をひそめる。毛足が長く柔らかな敷物の上を素足のままで窓辺に近付き、有利はそっと手を伸ばした。
ほんの少し開けたカーテンの隙間から覗く柔らかな雪明り。そんな幻想的な明かりの中で、さらさらと降り積もった雪がすべての音を吸い込んでゆく。ほんの数時間前まで居た世界では、こんな静けさなど知ることもなかった、それはまるで無音の世界。あの時を思い出させる、降り続ける雪。じわりと浮かび上がる孤独感に、有利は凍える身体を自らの両手でギュッと抱きしめた。
不意に思い出す優しい笑顔。触れられる掌の熱。この雪の元、空は繋がっているはずなのに、傍に居ないその温もりが恋しい。
どれくらいそうしていただろうか、さすがに素足のままの指先からジンジンと痛いくらいの冷気が伝わってきて、有利は思わずブルッと身震いをした。寂しさに少し凍みるその冷たさに、有利はしばらく考えた後、よし決めた、と小さく呟いて、クロ−ゼットから昼間着ていた上着をそっと取り出し、それを羽織ると部屋の扉に手をかけた。
カツカツと軍靴を鳴らしながら、ウェラー卿コンラートは血盟城内の奥深く、しんと静まり返った居住区の廊下を足早に歩いていた。白鳩便で突然の主の帰還を知らされたのは、視察に訪れていた国境付近の小さな村で、そろそろ日が暮れようかという頃合だった。特に紛争があった訳ではない。民に優しい主が推し進める公共施設整備の進行具合を、護衛の仕事が無い今の内に確認し、彼の人が帰還された時にすぐに詳しく報告できるようにしておこうと、特に気懸かりが多いあの村へ自ら赴いただけだ。
眞王廟から事前の連絡は無かった。あれば態々こんな遠方まで出向く事などしなかった。突然の帰還は、即ち魔王自らの意思での帰還。魔王専用風呂から無事に王城へ入られたとの白鳩便の報告内容にホッと胸を撫で下ろすも、あまりの間の悪さに、どうせなら気を利かせてくれれば良いのにと、眞王に恨み言の一つでも言いたくなる。すぐ傍に駆けつけたい想いのままに、コンラートは部下を残したまま一人馬を駆り、日付が変わろうとする今になって、やっと王城まで戻って来た。
まずは主に帰還の挨拶をすべきだろうが、すでにもういつもは寝所へ入られている時刻。笑顔を見ることは出来ないけれど、寝顔だけでもこの瞳に映す事は許されるだろうか。だがその前に、雪と埃塗れのこの身を清めなければと向かった自室の扉の前に、何故か直立する不寝番の兵の姿を認め、コンラートは訝しげに眉を寄せ、慎重にそちらへと近付いた。
兵は気配に気付くとすぐにカツンと踵を鳴らし、足を揃えてコンラートに最敬礼をとる。それから、目の前に立つ上官の顔を見て、罰の悪そうな顔をした。コンラートが、視線だけで事情説明を求めると、彼は一瞬ビクリと身体を竦ませ慌てて報告を始めた。
「申し上げます!一刻ほど前、陛下がご寝所から一人でお出でになり、コンラート閣下のお部屋で閣下の帰りを待たれると仰せになられました。閣下がお戻りになり次第、陛下にご報告させて頂きますと申し上げたのですが、どうしても陛下のご寝所ではなく、閣下のお部屋で待ちたいと仰せになりまして・・・。それではと、自分が閣下のお部屋までご一緒させて頂きました!」
眞魔国が誇る、高貴なる双黒の魔王陛下の必殺お願い攻撃と、自らに与えられた職務との狭間で、胃が痛くなるほど苦悶したであろう部下の、少々声が裏返った苦しげな報告に、コンラートは僅かに息をつき、眉根を寄せて鷹揚に頷いた。
「わかった、ご苦労。持ち場に戻れ。」
「はっ!」
兵は、短い返事の後一礼し、護るべき至高の存在を、眞魔国一の優秀な護衛へと無事に引き渡した事に安堵の表情を浮かべ、足早にその場を後にした。
再び静寂を取り戻した自室の扉の前で、コンラートは外套を脱ぎ、城へ来るまでについた雪を丁寧に払った。それからそれを左腕に掛け、背筋を伸ばすと儀礼的に右手で扉を数回叩く。部屋の中に慣れた気配が僅かに動くのを確認したコンラートは、柔らかな笑みを浮かべ、静かに自室の扉を開けた。
一日留守にしていたにも拘らず、室内は暖かで、暖炉にはパチパチと音をたて燃える薪も十分にくべられていた。その存在が在るだけで心地よい空間と化した自室の寝台の上で、陽だまりの様な温もりを纏った漆黒の髪がフワリと揺れた。その姿に、コンラートの笑みが深くなる。
「陛下、ただ今視察から戻りました。」
「お疲れさま、コンラッド。国境の村まで行ってたんだろ?ご苦労様。何も問題なかった?」
「ええ、何事も無く。陛下が気に病んでらした区画の道路整備も順調に進んでいましたし、これからは荷馬車での通行が可能になり、今までのように重い荷物を担いで隣の村まで行く苦労がなくなると、村の者達も喜んでおりましたよ。」
「そっかぁ、順調で良かった。それと、陛下って言うな名付け親。」
「すみません、ユーリ。つい、癖で。」
コンラートのいつもの台詞に、有利は寝台にうつ伏せに寝転んだまま不満げに口を尖らせるが、それはすぐに苦笑へと変わった。
「それより、お迎えに上がれず申し訳ありませんでした。」
「それは仕方ないよ、俺の方が急に帰ってきちゃったんだからさ。」
謝罪の言葉に、有利は柔らかな笑顔を浮かべて頷く。その笑顔は、暖炉で燃える炎よりも温かく、コンラートの心に穏やかな安らぎを感じさせた。
口元に浮かぶ笑みをそのままに、コンラートは手にしていた外套をソファーの背もたれに掛ける。その動きを視線で追っていた有利は身を起こし、部屋の主が居ない間に勝手に寝台に潜り込み、枕の上に広げて読んでいた『毒女シリーズ』の最新刊をパタンと音を鳴らして閉じた。
「そう言えば、まだ眠ってらっしゃらなかったんですね。早寝早起きが身上のあなたにしては、お珍しい。」
「まあね、軽い時差ボケ、ってやつ。」
コンラートの問いに、有利は意味ありげに笑って応える。
「時差ボケ、ですか?」
「そう、時差ボケ。今朝さあ、お袋に頼まれて親戚の家に行ったんだよ。お使いってやつ。で、その帰りにスタツアっちゃってさ。アッチ(地球)じゃまだ昼前だったんだけど、コッチ(眞魔国)着いたらもう夕方で。強制的に執務室に拉致られて、溜め込んでた書類にサインしまくって。アッチで昼飯抜きだったから、夕飯は普通に食べられたんだけど、その後もう寝ろとか言われても、俺の可愛いデジアナ時計は、まだ夕方の5時だよ〜とか言ってるんだよね。いくら脳筋族が頭脳労働しまくったにしても、夕方の5時じゃな、流石に俺でもちょっと寝れないよ。おまけに、とっとと寝ちゃったヴォルフの鼾は煩いし、蹴られるし。」
お得意のトルコ行進曲さながらに事情を語り、有利は眉間に似合わない皺を寄せ、少し肩を竦めてみせた。
「それはお気の毒に。」
苦笑じみた笑みを浮かべ、コンラートは無駄のない動作でゆっくりと寝台に歩み寄り、その端に腰掛けた。
「でもね、ユーリ。今回はこちらが突然お呼びした訳じゃなく、あなたが望んで眞魔国に帰ってきてくれたのでしょ?」
コンラートは主にそっと手を伸ばし、その黒髪に触れる。ゆっくりと指を滑らすとふわりと漂う洗髪料の甘い香りが鼻先を擽った。
「最近はあなたの魔力も安定して、それほど時間的誤差がなくなってきてたのに、珍しいね。」
「確かに、俺が望んだんだけど、いきなりって言うか・・・。来たかったけど、突然来たって言うか・・・。」
何故か頬を染め、黒曜石のような瞳を泳がせ言いよどむ。その姿がまた愛おしく、コンラートは再び黒髪に手を伸ばしかけた。
その時、部屋の扉がコンコンと控えめな音を立てた。コンラートの纏う空気が一瞬で変わる。深夜とも言えるこんな時間に、この部屋を訪ねる者は、急な事変の報告をもたらす者がほとんどを占める。コンラートは眉を寄せ立ち上がると、手の動きだけで有利をその場に留め、足早に扉に向かった。
「どうした。」
「はっ!お寛ぎのところ失礼致します!先ほど陛下がご所望なさいました茶器をお持ちいたしました!」
「あっ、そうそう!俺が頼んだんだ!ご所望した、した!コンラッド、扉開けてあげて。」
気配からして侍従ではなく兵士だとわかる扉越しのその声に、寝台から降り、寝室の扉からちょこんと顔を覗かせた有利が慌てて応える。それに頷き、コンラートが扉を開けると、先ほどこの部屋の扉の前を警護をしていた近衛兵が、茶器が乗った銀盆を手にした夜勤のメイドを伴って立っていた。コンラートは、良く顔を知るそのメイドを確認すると、警戒の態勢を解き、入室の許可を示した。
「コンラッドが帰って来たら持って来て貰おうと思って、俺が厨房に行こうとしたら、一緒にこの部屋まで付いて来てくれた、そこの兵士さんが頼んでくれるって言ってくれたんだ。」
「そうだったんですか。」
ちらりと向けられたコンラートの視線に、不寢番の兵士の頬はピクリと引き攣るが、メイドがテーブルに茶器を置くのを見ていた有利はその様子に全く気付かなかった。
「こんな時間に、無理言ってゴメンね。」
丁寧に一礼し、部屋を後にしようとするメイドに、有利は申し訳なさそうな笑みを向ける。それから扉の前に立つ兵にも柔らかな笑みを向け、有利はぺこりと頭を下げた。
「二人とも、色々ありがとう。」
ニッコリと、誰もを魅了する笑みで美貌の魔王陛下に礼を言われ、二人は一瞬で頬を染めた。瞑目し、しばらく固まっていたが、そこはさすがに近衛兵と奥宮仕えのメイド、すぐに立ち直り、兵士は誇らしげに敬礼を返し、メイドは深々とお辞儀をした。
部下たちがまたそれぞれの持ち場に向かった後、コンラートが扉に施錠し振り向くと、有利は名付け親の言いつけをきっちりと守ってちゃんと上着を羽織り、暖炉の前に敷かれた柔らかな毛皮の敷物の上に、数個重ねたクッションを背もたれにして直に座っていた。主の為にコンラートが敷いたそれは、日本生まれの有利が寛げる様にそこだけ土足禁止にしてあり、この部屋の有利のお気に入りの場所だった。コンラートはテーブルに置かれていた銀盆を、敷物のすぐ脇まで移動させ、自らも靴を脱ぎ、有利の隣にゆったりと座った。
「おや?お茶ではなくて、白湯、ですか?」
「うん、そう。コレをね、持ってきたんだ。」
そう言って、有利は羽織っていた上着のポケットから小さな袋を取り出した。掌に乗る大きさのそれは、光沢のある茶色い袋で、有利はその袋の端を器用に破り、中から取り出した物を一つずつカップに被せる様に乗せた。過保護な名付け親の手を制し、有利手ずからポットのお湯をカップに注ぐと、すぐにふわりと芳醇な香りが部屋中に漂い始めた。有利の動きを見ていたコンラートは、すうっ、と胸の奥までその異国の香りを吸い込み、懐かしげに双眸を細めた。
「この香りは・・・、コーヒーですね。」
「正解。」
有利がカップに乗せたそれはクリップ式のコーヒー。カップとお湯さえあれば美味しいコーヒーがお手軽にできます、という代物だ。
「さあさあ、冷めないうちにどうぞ。」
双黒の魔王陛下はわざと気取った物言いで、すぐ側に座る男の方へ、ふうわりと湯気が立ち上っているカップを寄せ、コーヒーを勧めた。
「これはこれは、ありがとうございます。」
護衛は優雅に左手を胸に当てると軽い会釈を返し、さすが元プリという仕草でカップを持ち上げた。二人、顔を見合わせ小さく笑う。コンラッドは心地よい香りを楽しみながら、ゆっくりとカップで揺れる漆黒の液体を口にした。芯まで冷え切っていた体に熱いコーヒーが染み込み、思わずほぉっと息を吐く。
「美味いですね。それに温まる。」
「そうか、よかった。」
コンラートがコーヒーを飲む様子をじっと見つめていた有利は、ホッと胸を撫で下ろし、カップを手に取って一口飲むと、大きく頷いてとても嬉しそうにほんわりと笑った。
「・・・・・さっきさぁ、おばさん家にお使いに行ったって話したろ?そんでさぁ、そん時に、おばさん家にお歳暮がいっぱい届いてて・・・。あっ、お歳暮ってわかる?」
「ええ。確か日本の風習で、お世話になった方などに年の暮れに贈り物をする習慣、でしたよね。」
「そうそう。しっかし、あんたのそのNASAブランド知識、相変わらず無駄に幅広いな。」
「無駄って言うのは酷いな。」
コンラッドは苦笑いを浮かべ、またコーヒーを口に含む。有利もそんなコンラッドに微笑みながら、両手で包み込んだカップに口を付けた。 パチパチと音を立て温かな炎が暖炉の中で揺れる。
「で、まあ、そのお歳暮の中にコレがあって、これならかさばらないし、コッチに簡単に持ってこれるなって思って、何個か貰って来たんだ。」
有利が残り少なくなった自分のカップを弄びながら、チラリと向かい側に座った名付け親を見る。コンラッドもまた、カップを口元に運び、最後まで飲み干して主に視線を向けた。黙ったまま話の先を促す。
「あんたコーヒー好きだったって言ってただろ?だから、コンラッドに飲ましてあげたいなぁ、なんて思いながら歩いてたんだ。そしたら、いきなりどっかのおばさんが植木に撒いてた水からスタツアっちゃってさ、びっくりだよ。だから、今回のスタツアは、俺の意思って言うのもあるんだけど、眞王の気まぐれなサービス?かな。」
「じゃあ、眞王陛下に感謝しなければいけませんね。」
コンラートは、数刻前の恨み言を脳内で眞王に詫びながら、思わず頬を緩ませ、穏やかな笑顔で有利を見つめた。
「でも、眞王って割といいかげんだぞ。サービスでこっちに飛ばしてくれたはずなのに、あんた居ないんだもん。でもさ、きっとあんたの事だから、俺が帰ってきたって知ったら、この雪の中でも無茶して帰ってくるんじゃないかなって思ったんだ。で、この部屋で待ってたってわけ。」
「俺の行動、すっかり読まれちゃってますね。」
「もうバレバレ。嬉しいんだけどさ、無茶も程々にしろよな。こんなに雪降ってんのに・・・、すっげー寒かっただろ?」
「少々の寒さは大丈夫ですよ。鍛えてますから。」
「鍛えて寒さって平気になるもんなのか?あ、そう言えばさ、俺が来た時、この部屋すっげー寒かったんだよ。そしたら、さっきの兵士さんが、暖炉に火を入れてくれたんだ。ほら、俺、暖炉の火の熾し方なんて知らないだろ?だから。」
「ほお、彼が・・・、暖炉の火を。それはよかった。俺を待って下さってる間に、風邪でも召されたら申し訳ないですからね。」
にっこりと、一見邪気のない笑顔で微笑むが、表情とは裏腹に、僅かに低い声。恋人の微妙な変化に気付き、有利は訝しげに小首を傾げた。
「なぁ・・・・、なんか怒ってる?」
「いいえ、怒ってませんよ。あえて言うなら、ちょっと拗ねてるだけ、かな。」
「拗ねてる!?何言ってんだよ、あんた・・・・・。百も超えてる男が拗ねても全然可愛くないぞ?」
「可愛くなくて結構です。」
コンラッドは恍けてそう言いながら、片手で前髪を掻き揚げ、そのままちらりと横目で有利に視線を送った。しかし、すぐに小さく息を吐き、形の良い唇の端を少し上げ苦笑を滲ませた。
「ただね、あなたを一番に温めるのは、俺でありたいなって、そう思っただけなんですよ。」
コンラートは、溜息まじりの声でそう言うと有利の手を掬い、ちゅっと小さな音を立ててその指先に口吻けた。薄茶に銀の虹彩が散った瞳で真っ直ぐに見つめられ、気障な仕草と共に聞かされた台詞のあまりの気恥ずかしさに、有利の視線は泳ぎ、白い頬がほんのりと桜色に染まった。
「あのさぁ・・・、コンラッド。この部屋の暖炉の火は、俺の為なんかじゃないよ。コンラッドが帰って来た時に寒くないようにって、俺が兵士さんに頼んで火を入れてもらったんだよ。コーヒーだってそう。コーヒー飲んだら体が温まって良く眠れるかなって思ってさ、この部屋に持って来たんだ。あっ、しんまった!コーヒーってカフェイン多いから眠れなくなるんだっけ?でも、一杯ぐらいじゃ大丈夫か。まあ何にせよ、暖炉の火も、コーヒーも、ついでにベッドに勝手に入って布団温めてたのも、俺が、コンラッドを温めたかったからなんだよ。」
俺にまで恥ずかしい台詞言わせんじゃねえよ、そう口の中でブツブツと呟く有利の手から突然カップが取り上げられ、そのまま勢いよく引かれた体は傾いて視界がぐるりと反転する。気付くと、天井を背景にして、きらきらと銀色に煌めく星を散りばめた薄茶の瞳に、真上から見下ろされていた。
「ありがとう、うれしいよ、ユーリ。」
その体勢は、腰にくる声と蕩ける様な笑顔のオプション付きの、どう考えてもマウントポジション。
「コンラッドさん・・・、何ゆえに、俺はアナタに押し倒されているのでしょうか?」
「ん?温めてくれるんでしょ?」
「・・・・、暖炉とコーヒーで充分温まったと思うのですが?」
「うん。でも、まだちょっと温もりが足りないかな。それに、コーヒーを飲むと眠れなくなるんでしょ?」
さっきまで拗ねていた姿は何処へやら、少し肩を竦めてしらっと口角を上げて答え、眞魔国夜の帝王と化した男に、有利は大きく溜息をつく。
「あんたなぁ・・・。」
可愛らしい顔で怒る主のさらさらと床に零れる闇色の髪を一房取り、コンラートはそっとそれに唇を寄せた。
「おかえりなさい、ユーリ。」
「なかなか言ってくれないって思ったら、今!この体勢で!そんな笑顔で!その台詞言うのかよ。ったく・・・、あんた、それ反則。」
口を尖らせ見上げると、目に入るのは大好きな恋人の幸せそうな笑顔。 艶然と微笑むその顔を見上げ、有利は思わずクスッと小さく笑った。身体の力を抜き、まだ冷たさの残る頬を掌で何度か撫でてから、有利はそっと腕を伸ばし、コンラートの首筋にゆっくりと両腕を巻きつけた。
お互いの体温を確かめ合うように抱き合い、やがて銀の散った薄茶の瞳には有利の姿しか映らなくなる。柔らかく、でも、いつもより少し冷たいコンラートの唇が触れ、有利は、その唇に自分の体温を分け与えるように口吻けた。軽く触れたままのそれが、徐々に深くなっていくと、触れる唇がいつもの温もりに変わる。それでも有利よりもほんの少しだけ冷たい、有利だけが知っているコンラートの唇。
やがて、ゆっくりと唇を離し、コンラートは有利の胸元に顔を埋め、大きく息を吸い込んだ。有利はその頭を優しく抱き、意外に柔らかな茶色の髪に頬をつけて、愛おしむように何度も髪を撫で続けた。
「ただいま、コンラッド。・・・・そんでもって、あんたも、おかえり。」
「ただいま、ユーリ。」
──――この温もり元へ 帰ってきたよ
(2010.01.03)
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