ビンタ - 篠崎様


大好きですよ。

-----もしかしたら、貴方が考えている以上にね-----




 頬がしびれたように痛んだ。
「そうやって、簡単に好きとか言っちゃうところがあんたの嫌なところなんだよ!」

 驚きを隠せず、キョトンとしている俺の前に黒いきれいな瞳を潤ませて、真っ赤な顔をして怒っているユーリがいた。
 何事だろうと思っていた頭が冷静になり始めたころ俺はようやく頬の痛みの正体を知る。
 一度怒りを爆発させたユーリも事の事態に気付いたのか、俺を平手打ちした右手をみて、ヤバいという顔をした。

 俺の生まれ育ったこの国、もとい現在ユーリが国王として治めているこの国では、相手の左頬に平手で打つその行為は、求婚の意をもつ。
 だが、16年間地球で育ったユーリはその文化を知るわけもなく、随分前のことだが今のように怒りを爆発させ、うっかり俺の弟に求婚してしまったわけである。
 そして、今回も怒りでうっかりといったところだろう。

 あわてて、弁解するユーリを横目でチラリと見ながら、ふと悪戯心が顔を出す。
 もしかしたら冬の寒さに我慢が出来なくなった、春を待ちわびた心のせいかもしれない。



「だって、あなたはなにも言ってはくれないじゃないですか。具体的な行為もさせてはくれない。」

 わざとらしく肩を落としながら言うと、ユーリはかすかに俯いた。

「俺は、不安なんですよ。貴方の心が俺から離れて行ってしまうんじゃないかって。貴方の心が離れないように、俺の気持ちをいくら伝えようとしても残念ながら、俺は言葉でしか自分の気持ちを伝える方法しか知りません。それさえも、貴方は否定するんですか?」

 他にも、これよがしに思いをぶちまけただろうがユーリの次の一言で記憶があいまいになってしまった。

「俺だって」
 ずっと、黙っていたユーリは手のひらを見ながらぼそりとつぶやいた。

「俺だって、不安だよ!あんたは、誰にでも優しいからそうやって俺に言うみたいに他の人にも簡単に言っちゃうんじゃないかって。俺は、別に性格とか容姿がすごくいいとかそういうのないし。俺なんかじゃなくても、周りにきれいな女の人とかいて、その人に連れて行かれちゃうんじゃないかって不安なんだよ」

 瞳が、俺だけを見つめていた。あぁ、この人は多分俺のことを好いてくれてるんだろうなというのが伝わってきた。



「それは、嫉妬ですか。」
「えっ?」
 この人も、相手のいない嫉妬を抱えていたんじゃないかと不思議とそう思えた。

「いえ。なんでも。」
 軽く微笑んでみせると、今までこわばっていたユーリの体がふわりと柔らかくなった。
「やっぱり取り消さない。」
 穏やかになった目で見つめてくる。
「何がですか?」
「平手打ちしたの・・・ あっ、もちろん求婚とか重苦しいものじゃなくて、好きですって意味だけど。」
 嬉しさにこちらから微笑むと、ユーリは耳まで真っ赤にして目をそらした。

 そういえば、アメリカから帰ってきて思ったことがある。こちらの国の求婚は痛々しいなぁと感じた覚えがある。
 あちらでは、どうやら求婚する際に指輪を贈るらしい。ユーリの御両親もお互いの薬指にプラチナの指輪がはめられていた。
 どちらというと、暴力的なこちらよりロマンチックな地球流の求婚の方が好きになれた。今まで疑問に思わなかったが、好きな相手を殴るのはよく考えたら気が引ける。



 だが、今日はこちらの求婚もまんざら悪くないなと思った。その掌に俺への思いが込められていたから・・・


 そして、もうひとつユーリからプレゼントがあった。
 ユーリが、こちらに手を伸ばしてきた。
 いい年した野郎同士が手を握るってどうよ?と今まで拒まれてきたが、どうやら今日はOKサインが出たらしい。


 握った手は冬の寒さで冷たくなっていたが、意外と春はもうすぐ来るのかもしれない。


(2010.01.16)




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