ブランコに乗る - 天琴脩様


鉄錆と塗料で出来た鉄棒は絡みあう様にして一枚の合成プラスチックを両側から吊るして下げていた。
コンラッドは座る前にと、手で簡単に払えば、砂のごつごつとした感触が手を打つ。当り前だ。日中にこのブランコに立って漕ぐ子供はたくさんいるんだから。寒い寒いと言いながら楽しそうに力いっぱい漕がれるそれは子供の遊具だ。
こんな寒空、しかも夜中に大人の自分が触るものではない。

コンラッドは厚手のトレンチコートの首元を一度だけ直してからブランコに腰かけた。
ギーギーと唸るのに小さく苦笑して、抱えるようにして持っているバックから携帯を取り出す。点滅するランプの色は青、彼だ。

『仕事、お疲れ様。今、何処?』

簡潔な問いにコンラッドは頬を緩めながら、返信を打つ。手袋しているせいで打ちミスが多いのにイラついたので途中から外した。

『貴方の家の近くの公園。ねぇ、待ち合わせしない?俺はここで待ってるよ。』
『分かった。』

返信は意外にも早く送られてきて、きっとお叱りの言葉ばかりだと思っていたら、素直に応じてくれた。ちょっと意外で嬉しい。
革靴のせいか上手く地面が蹴れないが、大人一人を動かすには十分なほどに視界が揺れる。前へ、後ろへと流れる景色を目にしながらコンラッドは息を吐く。口元から立ち上がる息は白く、そのまま夜空の藍に溶け込んでしまった。
なんとなく、一人で公園に残ってる子供の気持ちが分かった気がした。
ジャングルジムなら高いところから親を探すことができて、土管型の遊具なら兄弟に探してもらえて、ブランコなら…

「コンラッドー!」

ざくざくと公園の砂利交じりの地面を蹴って駆け寄ってくる愛しい人が揺れる。
なんとなく、そこまで飛べば届くんじゃないかと思った。
さすがにそれは大人としてどうだろうとコンラッドは思い直して、ゆっくりとブランコを止める。そのころにはブランコを囲う小さな柵に寄り掛かる様にして愛しい人が、有利が立っていた。少し息が切れているから走ってきてくれたんだろうか。

「いい年して何してんだよ。」
「貴方を待ってました。」

座ったままコンラッドは手袋していない互いの手を取って、指をからめた。
それは、ひどく冷たいけれど、心地よかった。

「まっすぐ家に帰れっていつも言ってんじゃん。コンラッドだって仕事で疲れてんだからさ。」
「それは貴方も学校に行っているんだから一緒でしょ?だから、ここは大人が見栄張って会いに来るんだよ、ユーリ。」
「見栄で会いに来てるってわけ?」
「言い方が悪かった。ごめん、俺が辛抱できないから会いに来てるだけ。」

怒らないでと有利の手をコンラッドは両手で包んだ。そして、抱えたままのバックを地面に下してから、有利の手を引いて、そっと袖との境目、手首へ唇を寄せた。乾燥と寒さのせいか薄い唇越しに感じた体温は熱い。有利の身体驚きで揺れるのが伝わったのかブランコが小さく鳴いた。

「ばっ!馬鹿!コンラッドの馬鹿!」
「うん、声のボリュームを少し落としてね?」
「っ!!」

掴まれていないほうの手で口元を覆った有利は耳まで真っ赤だ。夜だというのに明確にそこまで感じ取ってしまうのは今まで過ごしてきた年月ゆえか。
コンラッドがブランコから立ち上がるとキィっと今までとは異なる高い音で鳴かれる。それが何故だか今の有利にとても似合っていた。


「寒い中来てくれて、ありがとう」


今度は耳元へ言葉を告げれば、うん、と小さく上下する首が愛おしくて、有利の熱がこっちにまで中てられたような気持ちになって、堪らなくなって、有利の首元へ顔をうずめてしまった。
幸い、この公園は昼間は人が多いが夜中はほぼ無人だ。それにつけこんでいい訳ではないけれど、コンラッドはこのシュチュエーションに甘えた。
有利がコートの袖を引っ張って離れほしいと意思表示しているけれど、あと少しだけと、子供のように甘えた。



きっと、ブランコなら、会いたい人ところまで飛んでいけるんじゃないかと、コンラッドは思うのだ。


(2010.02.11)

Amontillado


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