執務の合間のティータイム。
いつもならば、城の菓子職人による手の込んだ焼き菓子が出されるのだが、本日は少し趣向が違った。
足のついた銀の器の上に積まれているのは、珍しくユーリも名前を知っているお菓子だ。
「へぇ、チョコレートか」
初めてのことではないけれど、城で出されるおやつにしては珍しい。地球でも馴染み深いそれを見て、ユーリは口元を綻ばせた。
さすがに城で出されるものなので、地球にいた頃のユーリが食べなれたそれとは見た目からして異なるのだが。一口サイズのチョコレートは、上品な模様が表すとおり繊細でもあるらしい。指先で持ち上げると僅かに溶けて指先を汚した。
「ん〜、んまい」
慌てて口に含む。舌の上であっさり溶けていく甘さを、転がしながら堪能する。形が無くなくなっていくチョコレートに釣られて表情を蕩けさせたユーリの様子に、給仕をしていたメイドも表情を和らげた。
「今日も美味かった。ありがとう」
職人にも伝えて欲しいと謝辞を述べる。
恭しく一礼をしたメイドは、去り際に一つ内緒話をしてくれた。
護衛とはいえ四六時中一緒にいられるわけではない。
一日の仕事を終えてその日あった出来事を語り合うのが日課になったのは、その代わりなのかもしれない。語り合う場所がどちらの部屋だとか、寝台になるかカウチになるかは、その時の気分、だ。
「今日のおやつ、チョコレートだったんだ」
「そうですか」
枕を抱きかかえるようにしてうつ伏せながら、隣の男をちらりと見やる。
「あんたが言ったんだろ?」
「ああ、バレてしまいましたか」
笑みを浮かべる男の内心が分からずに、白々しいなとユーリは小さく息を吐いた。
隠すつもりがあるならば、口止めをしていたはずだ。つまり気づかれても気づかれなくてもどちらでもいいと、思っていたのだろう。
言い訳が許されるならば、こちらにバレンタインなんて習慣がないのが悪いのだ。しばらく地球に戻っていない。もしも、ここが地球だったなら、街中がバレンタイン一色になっていて、さすがの自分も気づいたはずだ。
執務室のカレンダーは、地球で自室に飾ったそれのように、バレンタインなどという記述はない。記載してあるのは国の行事や重要な会議の予定ばかり。
何気なく眺めたカレンダーの日付で、気づけたことさえ奇跡かもしれなかった。
我ながら鈍い。
「もしかしなくても、今年だけじゃないよな」
よくよく思い返してみれば、去年の今頃もおやつにチョコレートが出てきた気がする。
それ以前も、バレンタイン当日かは分からないが、やはり冬になるとおやつにチョコレートが出てきた。
「言ってくれればいいのに」
「自己満足みたいなものですよ」
責め立てるようなことを言いたかったわけではないのだが。鈍い自分を棚に上げて、恨めしく思ってしまうのを止められず、伸ばした指先で微笑む男の頬に触れた。
「言ってくれたら、おれも何か用意したのに」
そのまま、むに、と摘んでみる。痛いです、と痛くなさそうに言うものだから少しだけ引っ張ってやった。
痛がれ。
「ユーリ、頬が伸びますって」
「元がいいから、少しぐらい伸びても平気だって」
シャープな頬は、意外と柔らかい。感触を楽しんだ手が、コンラートの手に捕まって口元に運ばれた。
「…っ」
指先が口腔内に含まれる。昼間、口の中に含んだチョコレートのように、舌先で転がされるものだから思わず肩が揺れた。
「気づいてくれなくても、いいと思ったんですよ。あなたが、美味しく食べてくれるなら」
「でも、気づかれないのは寂しいだろう」
気づきたかった。
昼間食べたチョコレートは美味しくて、頬張ると幸せの味がした。理由を知っていたら、もっと美味しく感じたはずだ。
「では、お礼をいただいても良いですか?」
「うわっ」
うつ伏せていた身体を簡単にひっくり返された。見上げる形になったコンラートは、同じようにユーリを見下ろしていた。
絡み付くような視線が、なにを欲しているのかをはっきりと伝えてくるものだから、少し困る。
いいよと口に出すのは少しだけ恥ずかしい。
「高くついた気がする」
代わりにポソリと呟くと、上体を支えていたコンラートの腕が緩んで重みが掛かった。
「何年分かな」
気づかなかった年数を思えば、少しだけ罪悪感が顔を出す。
だから、精一杯の愛情を込めて。ユーリは広い背中を抱きしめた。
(2010.02.12)
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