真っ暗な空間に存在している自分に気づいた。
何処までも続く漆黒の暗闇。
自分の存在を感じるのに…、己の姿を確認することができない。
どうやらこの世界には薄明かりすら存在しないらしい。
だが、それでも確かに俺はここにいる。
いったい何故こんな場所に……。
ああ、そうだそうだった、俺は行かなければならないんだ。
『ウェラ−卿、コンラ−ト』
「誰だ、俺の名を呼ぶのは」
『誰でも良い』
「俺の名を知りながら、自分は名のらないのか」
『フッ、焦らずともいずれわかる。
ところで、おまえは今どこへ行こうとしているのだ』
「何処へだと? さあ…、天国か地獄か、どこへかな」
『魔王をおいてまた一人旅立つのか』
「仕方ない、この旅へ彼を連れて行くわけにはいかない」
『置き去りにするのか』
「違う! そうじゃない、置き去りなどと。
俺はかの地へ彼を行かせないために、そのために戦った…」
『それが魔王を失望させるとわかっていてもか?』
「仕方ないだろう、そのために俺はいた、その時のために俺は存在していた」
『それは真に彼のためなのか』
「そうだ、彼のためだ」
『ほんとうにそうなのか、魔王もそれを望んでいるのか?』
「それは…、そうでないかもしれないが、時が必ず解決してくれるはずだ」
『なるほど…。
では問おう。
おまえにとって魔王の存在とは何だ?』
「至高のものだ。
生きがい、全てであり俺の世界そのもの」
『ほう、ならば魔王にとっておまえとはどのような存在なのだ』
「魔王にとっての俺の存在?」
『そうだ、魔王にとっておまえの存在がもたらす意味は?』
「おそらく…、絶対的な守護者、そう思われているだろう」
『それだけか?』
「名付け親であり、兄であり友であり…」
『誰よりも信頼すべき身近な存在』
「ただの護衛で、いち臣下だ」
『彼がそう思っているとでも』
「彼がどう思おうとそれは関係ない」
『これはまた高慢だな。
つまりおまえにとって重要なのは魔王の気持ちではなくおまえ自身の都合と言う事か』
「いや、俺の都合などと言うつもりはない、俺は何よりもユ−リを大切に思っている」
『違うだろう、おまえは彼のためと言いながらその実自分の満足感を得るために彼を利用している。
戦乱のために疲弊したおまえの心は生きるための糧を必要としていた、そんな時、次代の魔王の魂を地球へ運ぶという願ってもない使命を得た。
そしてその後未来の魔王が現れる日を待つ事が生きる支えとなり、現れた魔王に臣下として仕える事が更なる生きがいとなって行ったのだ。
やがて専属護衛となり魔王に特別な臣下としての自身の重要性を認識させるに至った』
「利用などしていない、支えとする事のどこがいけないと言うのだ!
彼を生きがいとして何が悪い?」
『生きがいとする事を悪いなどと言ってはいない。
ただ…』
「ただ? 何だというのだ」
『そのあまりにも一方的な想いが疑念を抱かせるのだ。
彼の存在はおまえが生きるための単なる手段であり、ただの道具ではないかということ…』
「言っている事がわからない」
『つまり、おまえにとって大切なのは彼そのものではなく、彼に臣下として仕えその生涯を捧げるという立場に身を置いている自分自身。
彼ではなく、今おかれたこの状況の充実感こそが生きがいであり生きる意味。
もちろん彼無くしてこの状況はあり得ないのだから彼は必要だ。
全てであり世界そのものと言うのも強ちウソではあるまい。
ただし、自分が生きている間だけの話』
「ちがう!」
『どこが違うというのだ、おまえは彼に言ったではないか。
手でも、胸でも、命でも差し上げると』
「確かに言った、だがそれは真に彼に忠誠を捧げるといった意味合いであって」
『そう、死をも厭わない忠誠心とはその実、自分にとってだけ美化された都合。
だから簡単に死を受け入れてしまう。
自分が 逝ってしまえば彼はもう必要ないのだろう。
ウェラ−卿コンラ−トとしての生涯は自己満足の中で終焉を迎えるのだから。
気の毒に残された魔王は失意のどん底に突き落とされていったいどうなるのか…。
この先の魔王の事など次の生へと向かうおまえには関係のない事だろうからな。
あとは野となれ山となれ、か』
「くっ! おまえは何者でいったい俺に何を言いたいんだ。
そんな抽象的な言い方をせずにハッキリと言え!」
『おや、怒ったのか、それは好都合』
「きさま!」
『いいぞ、もっと怒れ、怒って反論してみろ!』
「きさま、いいかげんに正体を現せ!」
『まだ判らぬのか、いままでもう一人の我に代わっておまえに語りかけてきたが、彼の言葉の方がよりおまえのためとなるだろう』
「…もう一人の我? まさか、この声は」
「この根性無しのヘタレ男。
あんた、俺が頼みもしないのに命を差し出してこのまま逝ってしまうつもりなのかよ?!」
「?! ユ−リ?」
「そうだよ俺だよ。
俺を残してさっさと旅立つなんて約束違反だぞ!
残った俺がどうなってもかまわないって言うんだ?
自暴自棄になって駄目駄目なやさぐれ王になって、民衆に反乱を起こされて処刑されちゃうとか、退位させられて、流れ流れた先で哀れな末路を迎えるとか。
そうなってもいいんだな。
アンタは俺を残して、自分だけが満足げに真ん丸な魂になって生まれ変わるんだ。
そして俺なんか忘れて、次の世界でまた新しい誰かに生きがいを求めて生きて行くんだ」
「そんな、そんな事はありません。
貴方を残して真ん丸な悔いのない魂になれるわけがないでしょう。
過去も、今も、未来も、俺にとっては貴方しかいないのだから」
「嘘つき! 女ったらし、ついでに男ったらしの夜の帝王」
「ユ−リ? (ー_ー)!! 論点がずれてますよ」
「うるさい! 俺はアンタの自己満足のために存在するのかよ」
「あの…、それはあえて否定しませんが…」
「はい?」
「いえ、貴方を利用などしていません」
「じゃあ、生きていくためのただの手段?」
「それも違います、俺は死んでも貴方を護ります」
「馬鹿野郎!
そんなの意味ないだろう、アンタには俺が見えるかもしれないけど、要は実態がなくなっちゃうんだぞ、それこそアンタの自己満足じゃないか」
「すみません…」
「謝ったって駄目だ! やっぱアンタ自分のことしか考えていないんだ。
俺の事なんか本気で考えてないんだ。
だから俺を置いて逝っても平気なんだ」
「ちがう! そんな事はない。
俺は…。
むしろ俺はあなたの事しか考えていない」
「じゃあ、生きろよ、生きてそれを証明しろ!」
「ユ−リ…、そうだ生きなければ、俺は、生きて貴方の傍に居たい」
その瞬間真っ暗な空間に一すじの光が差し込んできた。
シルエットとなって浮かび上がったのは俺に向かって手を差し伸べるユ−リの姿。
やがて光は辺り一面に広がり。
思いやりのこもった励ましの言葉の数々で死の淵から一気に呼び戻されたコンラッドの目の前には泣き笑いのような顔をした世界よりも何よりも大切な人の姿があった。
(2010.02.26)
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