最期を看取る - 桜子様


ー死が二人を分かつともー
お互いの貞節を守り、尊敬し、たとえ死が二人を分かったとしても、その愛は永遠に続く。

魔族という長命な種族は、成長が遅く人の何倍も生きる。
今、俺の腕の中で眠るこの人はこちらの世界の魂を持った地球産魔族で、人として15年間を生きてきた。
しかし彼は類稀なる魔力のせいか、徐々に成長速度が俺たちと変わらなくなっていった。
彼は大賢者と共に、18歳の姿を留めたまま、時がゆるやかに過ぎ去っている。
そして精霊に祝福された双黒の魔王として眞魔国を統べ、その治世は30年を迎えようとしている。
月明かりに映るこの人の肌はきれいだ。反してその表情は、先ほどまでの妖艶さがウソのようにあどけない。無意識なのか、俺の指を握ると、また寝息が穏やかになる。
「う、ん…コンラッド…」
「大丈夫、俺はここにいますよ」
静かな眠りを邪魔しないように、俺はそっと寝台を降りた。
地球ではそれぞれに年を重ねていた。渋谷家の人々はもともとこちらとの関わりのせいか、地球の魔王同様あまり年齢を感じさせない。ユーリは生活軸を眞魔国に置いても地球と行き来していた。俺がユーリの伴侶となってからもそれは変わらなかった。むしろ家族ぐるみのような付き合いだった。
そのためか少し鈍感になっていたのかもしれない。
確実にやってくる“老い”という曖昧なものに…

きっかけはごく最近だった。
ショーマが病気になったのだ。幸い命に関わるほどの大病ではなかったが、体に生じる“老い”を感じさせられた。
ユーリが感じた命のリミットは、これから魔王として過ごしていくために越えなければならないステップ。いつか訪れる家族との決別と、これからいくつも出会う別れの準備が始まったことを告げていた。
魔族と人の間に流れる「時」と言う名の川は無常にも大きい。

「自分の信じる道を行け。いいな、コンラート」

 俺の父もそうだった。名を奪われたとはいえ、ベラール王家の末裔一族でありながら、自由を好み、魔族との間に俺をもうけた。自分とは違う速度で成長をする子を、よく育てたものだと思う。
引っ張り出してはいろいろな世界をみせてくれた。剣の扱い方、星の読み方からすべて。
数十年後に再会を果たした時、父は寝台の上で剣を抱き、永遠の眠りについていた。もうずいぶんと年老いた手に握られた剣は、その年月を示すように鈍い色を放っていた。
俺はまだ12歳の容姿をしていた。皺に刻まれた年月と俺の年月はけして交わることはないけれど、自分は紛れもなくこの人の血を受け継いでいるんだと感じた。
母は寝台の傍らで父の死に化粧をしていた。ずっと側にいることができないことを知っていた父は、母が得るであろう喪失のショックが少ないように少し距離を置いたのだ。
そのあり方はとても不器用だった。ユーリを傷つけるとわかっていても、彼の望みのために大シマロンに身を置いた自分となぜだか似ていると思った。
「俺もあなたも不器用だから、身をもってでしか示すことができませんね…あぁでも俺はあの人を残しては死ねませんよ」
 窓越しに見える夜空につぶやいた。
 俺は側にいて、支えると決めたから。もちろん俺だけでなく、グウェンたちも一緒にこの人を支えるのだと決めている。
 俺たちの唯一無二の王。俺の最愛の人。
 再び寝台に戻り、ユーリの横に身を滑り込ませる。気配を感じたのか、体がこちらへ転がってくる。すっぽり腕の中におさまると、体温を分けようというのか身を摺り寄せてくる。自然に笑みが浮かぶ。そっと腕を回して、あたたかな体を抱きしめた。

「死なば諸共だからな」

 ふと胸元から聞こえてきたつぶやき。一瞬のことに「ユーリ?」と問う。しかし答えの代わりに穏やかな寝息が聞こえてくる。

「えぇ、なにがあってもあなたを一人にはしません」


(2010.03.02)


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