「何をしてるんですか、あなたは・・・」
臣下としては些か相応しくない呆れを含んだ声音は仕方がないだろう。
自室の扉を開けて眼前に広がった風景を目にすれば、眉の一つも顰めたくなるものだ。
時刻は当に日付を越えている。
静かな夜に抱かれ、不寝番の兵を除くこの城に働く大半の者達が穏やかな眠りの中に居る時間であるにも関わらず、その頂点に立つ至高の主が未だ手にした数枚の報告書に目を走らせているのだ。
ゆっくりと近付いて跪き、足元にバラバラと散らばる書類に手を伸ばす。
「触るなよ。項目別に散らかしてあるんだから。」
文字の羅列から目を離す事もなく告げられる台詞。
どうやらこの床一面に無造作に敷き詰められていると思われた紙片は無秩序ではないらしい。
俺は手にしていた紙を元の位置に戻して立ち上がり、もう一度先ほどの言葉を繰り返した。
今度は臣下に相応しい声音と言葉遣いで。
「陛下、こんな時間まで何をなさっておいでですか?連日の他国国主との会談でお疲れの陛下に少しでもご負担を掛けまいと、フォンヴォルテール卿とフォンクライスト卿が会談後の諸手続きを引き継がれたと聞いております。先ほど来賓の帰国警護の報告の為に訪れた宰相閣下の執務室でも、彼からは今日はもう急ぎの書類もなく、魔王陛下はすでにお休みになられていると伺いました。それなのに今、まだ陛下のご決裁を仰がねばならない報告書がお手元に回って参りましたでしょうか?」
ソファーに片足を立て、そこに顎を乗せて書類を見つめている黒髪の旋毛を見下ろす正面に立ち、にっこりと特上の微笑みまで浮かべて問いかければ、主は大げさな溜息を付いてから顔を上げ、やっとその漆黒の瞳に俺の姿を映してくれた。
「わかった、もうわかったからコンラッド。そんな目で見るなよ。怖いよ、その目。すっげー爽やかな笑顔でも目が全然笑ってないから。」
「では、この書類は片付けて宜しいですか?」
貼り付けた笑顔のままで、白い指先から紙を引き抜く。
少し名残惜しげにそれを見送る瞳と目が合うと、彼はピクッと肩を震わせ、やっと諦めたのか肩をすくめて頷いた。
その仕草で後ろで緩く縛られた髪からほつれた落ちた後れ毛がふわりと揺れて、黒い夜着からのぞく白い首に一筋二筋と黒い影を落とした。
「あっ、出来れば右の方から順番に重ねていって。」
「わかりました。」
いつから彼はこんなにも仕事熱心になってしまったのだろう。
決裁書のサインから逃げ回っていた人が、今ではグウェン以上の仕事中毒だ。
俺は内心溜め息を吐き、主の命に従い紙片を片付けていった。
纏めた書類をサイドテーブルに乗せると、自然とそこに置いてある酒瓶に目が留まる。
水の綺麗なクライスト地方産の蒸留酒は、ここ最近の魔王陛下のお気に入りだ。
「御相伴にあずかっても?」
「当然。」
手にしていたグラスを俺に向って掲げ、ユーリはニッコリと微笑んだ。
剣帯から剣を抜きソファーの横に立てかけてから棚に向かい、グラスを手にソファーに並んで座って琥珀色の酒を注ぐ。
ゆっくりとグラスを傾けると、口に含んだ瞬間から円やかな旨みが広がった。
蒸留酒の持つ繊細で深い味わいが喉をするりと滑り落ち、身体中に蓄積された疲れをゆっくりと癒してくれる。
「美味い。」
「だろ?」
思わず呟いた俺に満足げな笑みを向けるユーリに頷く。
「昨日グリエちゃんが届けてくれたんだ。しばらく国に居なかったのに、ちゃ〜んと俺の今のお気に入りを把握してるなんてさ、さっすが我が眞魔国自慢のお庭番だよな。」
そう言って、ユーリは両手でグラスを掲げ、輝く笑顔でそれにチュッと音を立てて口吻けた。
思わず目の前の酒瓶を切り刻みたい衝動に駆られるが理性で食い止める。
いい大人なのだから。
酒に罪は無い。
いつの間に飲み干したのか空になったグラスに手酌で酒を注ごうとする主の手を留め、それに半分だけ酒を注ぎいれると、上部まで満たされなかった事が気に食わなかったのか、彼は少々不満げに口を尖らせた。
時折ふと見せるそんな表情は、この国に初めてやって来た時の幼かった頃の姿を思い出させる。
「お疲れなのですから、もう今日は程々にして眠って下さい。」
「まだ眠くない。」
「眠くなくても、です。」
ほんとに眠くないのに・・・と口の中でブツブツと文句を言うのを聞き流し、再び杯を傾ける。
その隙にこっそりと書類に伸ばそうとする手を見咎め、パシリと軽く音を立ててその手を掴んだ。
瞬間、悪戯が見つかった子供のように肩をすくめるが、こちらを見つめるその瞳には子供のように純粋な反省の色は無い。
俺は掴んだ手を引き、彼と向き合って大げさに溜息を付いた。
「昨日は何時間お休みになられました?」
「・・・3時間、かな」
「一昨日は?」
「・・・・・・2時間と45分」
「・・・主君を案じる臣下を思うなら、今すぐお休み下さい。」
「わかったよ、寝るよ。寝ればいいんだろ。」
「では、お部屋までお送りしましょうか?」
「いや、ここで寝る。」
そう言いきった後、彼はグラスに残っていた酒をグイッと一気に呷る。
トンと音を立てて空になったグラスをサイドテーブルに置いてからこちらを向いたユーリの顔は、何かを思いついたような表情を浮かべていた。
この表情はマズい。
「あんたが俺を眠らせてよ。」
案の定、悪戯を仕掛けるような笑みを口元にくっきりと刻み、すっかりいい大人にお育ちの魔王陛下がそんな事を仰る。
ユーリの腕が滑り挑発的な仕草で軍服の胸元を撫で、怪訝そうに片眉を寄せ覗き込む俺の首にからまるように動いた。
ニヤリと笑うその瞳の奥に見える甘い熱。
首に巻きつけていた腕が俺の髪に絡まり、ゆっくりと顔を近づけたユーリの唇が俺のそれに重なった。
何度か触れ合わせるだけの口吻けを交わし深くなり過ぎない内に唇を離せば、苛立ちを露にした漆黒の瞳に睨まれた。
ユーリの行動の意味がわからない訳ではない。
充分解り過ぎるほど俺とて有利の全てを渇望している。
狂おしい程の愛しさは冷める事を知らず、全てを求める熱は常に身体の中に燻り続けている。
ましてや双方の忙しさで、ここしばらくまともに触れ合ってもいない。
互いの渇きのままに抱き合ってしまえばどこまでも貪り尽くしてしまいかねない、そんな自覚はある。
でも今はそんな欲望を満たすより、神経を磨り減らす外交が連日続き、精神的にも肉体的にも限界状態である我が至愛の主に、少しでも早く少しでも長い休息を与えたいと思う気持ちの方が強いだけだ。
そんなこちらの葛藤をよそに、愛しい人は甘い毒を含んだ眼差しで俺をジッと見つめ続ける。
俺の理性を引きずり出し剥ぎ取ろうとする、甘い毒。
「子守歌でも歌いましょうか?」
的を外した俺の言葉に、ユーリは眉間に長兄並みの深い皺を刻む。
「冗談だろ。あんたのその声で歌われて、今の俺が眠れる訳がない。」
「では、眠りを誘う香草が入ったお茶でも用意しましょう。」
「いらない。あんたがいい。」
ユーリは僅かに口角を上げると俺を跨ぐように膝立ちになり、次の瞬間には俺の髪を引っ掴みぶつかる様に乱暴に唇を重ねた。
舌先で俺の唇をペロリと舐め、唇の隙間に迷うこと無く舌が深く差し入れられる。
無遠慮に入り込んできた舌は燃えるように熱く、ねっとりと味わうように上顎を舐め、ユーリはわざと音を立て絡みつく舌を強く吸い上げた。
喉の奥深くまで舌が絡み、煽る様なその口吻けに俺はクラリと眩暈に似た感覚に襲われる。
「コンラッド・・・・」
唇を離した瞬間、もう名残惜しそうに俺の濡れた唇を見つめ、そこを指先で撫でながら名前を呼ぶ。
耳元に響くその声だけで身体の中にザワザワと沸き起こってくる熱い衝動が、この甘い拘束から逃げる術を無くしてしまう。
「こんなに俺を煽って・・・・・、どこでこんなこと覚えたんですか?」
溜め息まじりに髪を梳いて、今は俺に跨っている為に同じ高さにある漆黒の瞳を覗き込むと、ゆっくりと挑発的な笑みを浮かべた唇が動く。
「白々しいこと聞くなよ。全部あんたが仕込んだんだろ。」
主の体調を案じる忠臣でありたい今の俺が、昔の己の行動を呪ったところで素晴らしく妖艶にお育ちになった魔王陛下を目の前にしては今更もう遅いと言うものだ。
そう、何も知らなかったユーリに一から教えたのは俺で、さっきの口吻けも俺が教えた俺の好むやり方だ。
「・・・・・どうなっても責任は持てませんよ?」
「望むところだ。」
男前なその台詞ごと唇で受け止め、襟元に手を差し入れ夜着を肩から滑り落とす。
後ろに緩く束ねられていた黒髪を解くと、それは芳しい香りと共に白くしなやかな背にさらりと流れ落ちた。
絹糸を思わせるその黒髪に指に絡めながら有利の耳元に唇を寄せ、形の良い耳を舌でなぞり耳たぶを甘く噛む。
途端ぴくんとユーリの肩が跳ね上がった。
その反応に気を良くして、耳朶に執拗に這わせていた唇を滑らせて首筋を舐め上げ、少し汗ばみ始めた肌をスルリと撫でる。
欲望のまま薄い鬱血の痕を滑らかな肌に刻み、立ち上がる胸の尖りに舌を這わせれば、ユーリは短く甘い声を洩らして俺の頭を両腕でギュッと包むように抱きしめてきた。
悪戯な細い指はそのまま俺の背中を滑り下り、そっと触れるようなもどかしさで腰骨を通り過ぎる。
煽るように脇腹を撫でていた手が股間へと滑り込み、軍服の下で既に硬くなり始めている熱を強く握りこまれた。
抗いようも無いゾクリとした感覚が走り抜け、ユーリの手の中でそれは急激に硬さを増す。
翻弄される俺の表情を見下ろして、クツクツと楽しそうに笑う彼の手に下穿きの前を緩められ、綺麗な指に直接ギュッと握られた。
「これ頂戴・・・」
熱い息遣いと共に、微かに笑いを含んだその声も瞳も濡れている。
甘い毒が侵食を始める。
唇が触れる程の距離で囁かれたその声に、抵抗を続けていた最後の理性が弾け飛ぶ。
俺は黒髪を乱暴に掻き上げながら後頭部に手を回し、その頭を引き寄せて噛み付くように口吻けた。
何度も何度も角度を変えて、深いキスを交わす。
息を継ぐように唇を外してもまたすぐにどちらかが唇を追いかけ、舌が互いの口腔を激しく行き交った。
「ん・・・ふぁ・・・・」
静かに上がる水音に、ユーリの甘い吐息が零れる。
熱を確かめ合うように互いの頭や背中をかき抱き、唇を荒々しく塞ぎながらお互いの肌を探りあう手は徐々に速度を上げていった。
隔てる物がもどかしく、邪魔な衣服を性急に剥がすと、パサリと小さな音を立て闇色をした夜着と下着が床に散らばる。
眼前に晒される日々の鍛錬で綺麗に筋肉が付いた腕と胸元。
それとは対照的に細い腰。
いつもは髪で隠れている首筋が淡い灯りに浮かび、その白さが際立った。
程よく締まった腹の吸い付くような肌の感触を掌で堪能し、そのまま色づく胸の尖りを目指していく。
喘ぐように上下する胸に手を這わせ掌で転がし揉むように刺激すると、快楽に素直なユーリの唇からすぐに甘い吐息が溢れた。
刹那、握られていた性器の先端に爪を立てられ、腰のあたりに覚えのある甘い疼きが急激に広がる。
これでは愛撫と言うよりは互いに勝負を挑んでいるようだ。
苦笑を浮かべながらも、俺はこの熾烈な駆け引きを楽しんでいた。
「ァあ・・・・・・アっ!」
二人の間で完全に勃ち上がっているユーリのペニスを掌で包んで握り込むと、途端に甲高い悲鳴のような嬌声が迸る。
ゆるゆると指で上下に扱いて与える刺激ですぐに先走りを溢れさせ、ユーリの全身がピクピクと跳ねた。
その姿に煽られ、長い睫毛に縁取られた瞳を閉じ切なげな表情で薄く開いた唇の中にもう一方の指を滑り込ませ、あからさまに熱を含ませた声で囁く。
「舐めて」
ユーリはとろりとした瞳で俺を見つめ、両手で包み込んで戸惑う事無くその指に愛おしげに舌を絡ませた。
しっとりと濡れた舌が、彼の熱い口内でゆっくりと絡みついてくる。
俺が指を動かして柔らかな頬裏や上顎を撫でると仕返しのように指に歯をたてられた。
目を閉じて俺の固い指を愛撫のごとく舐めるユーリの黒く艶やかな髪がさらりと揺れて、蝋燭の炎を弾き美しく煌めいていた。
それすらに発情する。
不意に口に含んでいた指を離し、ユーリはゆったりとした仕草で腕を伸ばして俺の首筋に絡ませてきた。
口吻けを強請るように自ら舌を差し出し、チラチラと覗く紅いの舌先と熱で潤んだ艶やかな瞳に、全身がまたぞわりと粟立った。
充分に濡れた指を、足の間から後ろの窪みへと滑らせる。
その中心をゆっくりと撫で少しだけ指を入れた瞬間、ユーリの身体が大きく跳ねた。
「くっ、・・・・ンっ」
長い睫毛を伏せ、口吻けで赤く熟れた唇を噛む苦しげな表情に、俺が一度指を抜こうとする気配をみせると、ユーリはグッと軍服の襟元を掴み身体を引き寄せた。
「大丈夫、だから・・・・、早く」
熱い息を漏らしながら眉根を寄せ、それでも挑むような濡れた瞳が真っ直ぐに俺を見下ろす。
煽情的に潤んだ瞳に見つめられ、ドクリと全身の血が沸き立って俺の中の何かが堪えきれずに一気に弾けとんだ。
甘い毒は俺の全てを侵食し、急速に燃え立つ熱はザワザワと出口を求めて身体の中を這いまわっている。
柔らかな肉の壁を広げ、固い蕾を開く。
深いところへ沈んだ指を曲げ動かすとビクンッと身体が跳ね、立てられた両膝がふるふると震えた。
頭を仰け反らせながら甘い吐息を吐くユーリの白い喉元に汗が光る。
「っぁ・・・・・」
ユーリはズルリと抜いた指の感触に微かに声を漏らし、うっとりと目を細めながらぶるりと身体を震わせた。
待ちかねたように俺のペニスに片手を添え、ユーリは苦痛に耐えるように苦しげに秀麗な眉を寄せながらもゆっくりと腰を下ろす。
俺の腕にグッと爪が食い込むが、それにかまわず昂ぶった己を押し付けグッと先端を潜り込ませた。
細い腰を掴み、自分の腰の上に一気に落とす。
メリメリと音が鳴るような強い衝撃が襲い、一瞬の内に根元までペニスは沈み込んだ。
「――――ぁ、・・・・アぁッ!」
その激しいほどの衝撃にビクッと身体を強張らせ、ユーリは震える両手で縋るように俺の首にしがみつき愛しげに俺の名を呼ぶ。
「ぅ・・・ァ、コン、ラッ・・・・ド・・・・っ」
「動きますよ・・・・」
俺は掠れた声で呟き、ユーリの腰を掴んで中に収まったものを引き抜き始める。
そしてすぐにまた腰を進めユーリの内側に熱のすべてを押し込んで、ゆっくりとその動作を繰り返し緩い律動を始めた。
火傷しそうな程熱い肉に包まれながら下から突き上げるように腰を動かし、自分の腰にまたがって喘いでいるユーリの姿を下から見つめていた。
自らも腰を揺すり長い髪を乱して快楽を追い求めるその姿は妖艶で、俺の背中にゾクゾクッと痺れるような快感が走りぬけた。
「――――ぁァ!!」
二・三度強く突き上げると、ユーリは俺の手の中であっけなく果てた。
ユーリの腰が跳ねて濡れた白い内腿が小刻みに震え、甘い声を俺の肩口に埋めて全身を戦慄かせている。
荒い息で吐精の余韻に浸りくったりと凭れかかる身体を支え、感じやすいその身体にさらに追い討ちを掛け、更なる快楽を貪ろうと俺はまたゆるやかに腰を使い始めた。
「動くな」
「え?」
途端に気だるげな声で制止された。
がっしりとしがみ付き直され、その拍子に締め付けられ肉にたまらず腰が揺れる。
「だ か ら、動くなって。すっげー眠い・・・・」
散々俺を煽っていた人物からの突然の拒絶。
あまりの急展開に身体も思考が付いていけていない。
肩口に急に体の重みを感じ、恐る恐るその顔を覗き込んでみれば、甘い余韻を滲ませて目を閉じ、薄く開いた唇から頬を擽る穏やかな寝息。
「ユーリ・・・・・」
伺うように少々困惑気味の声で名前を呼ぶが、煩そうに眉を顰められただけで瞳は開かない。
一度も達していない臨戦態勢真っ只中の俺は、男としては引くに引けない、まさに抜き差しなら無い状態だが、眠ってしまった相手に一方的に腰を振って性的快感のみを追い求める気にはならない。
どうでもいい相手になら可能かもしれないが、彼を相手にそんな事はできないし、またしたくもない。
熱を鎮めるだけなら、高まった気分を切り替えればいい。
その為にはまず腕の中で眠る人の温もりをベッドに横たえ、自分はソファーに戻って身体を伸ばし読みかけの本の続きでも読めばいいだろう。
もしそれでも静まらなければ剣の手入れをするか最悪自慰という手もある。
愛する相手と交わりながら誰も好き好んで自慰行為に走るわけではないが、この状況では致し方ないというものだ。
零れる溜息は隠せないが、やはり疲れが限界に達していた主の瞼に口吻けて、その両脇に手を刺し入れ俺はゆっくりとユーリの中から退こうとした。
「やだっ・・・・!」
「えっ、ユーリ・・・?」
首に回された腕が。
腰を挟み込んでいた脚が。
俺の動きを封じるようにぎゅっとしがみついて、強く絡まる。
もっと深く繋がるように。
「抜くな」
「は?」
「このままで、いろ・・・・・」
間抜けな声が洩れるのは仕方ないだろう。
この状態で、動くことも抜くことも禁じられたのだから。
戻ってきた理性だけでは如何ともし難い今の状況。
散々煽られ極限まで高まった雄が、熱く艶めかしく包み込む欲望の対象に包まれたままでは静けさを取り戻す訳が無いのは分かりきった事だ。
長い年月何度も身体を重ねてきたが、俺はこの愛しい人を相手に今もまだ全く少しも枯れてはいないのだから。
本来なら今すぐ愛しい身体を激しく突き上げたい。
それが隠すことなき本心。
それでもこの状況を甘受し、滾る身を鎮めようとしている俺に。
それなのに抜くなと言う。
退路も塞がれ途方にくれる。
浅ましいと思うが、理性の抑制を外してしまったのは他ならぬユーリだ。
その張本人からは気持ち良さそうな寝息が聞こえ、俺は苦笑を顔に貼り付けるしかない。
「ユーリ・・・・、これは拷問ですか?」
今、かなり情けない顔をしていることは自覚している。
わざとなのか無意識なのか、俺を包み込んでいる熱は今もうねるように絡み付いてくる。
さて、どうやって鎮めよう。
読みかけの本は手の届かない机の上、剣には手は届くがユーリを胸に抱いたまま剣の手入れなど出来る訳も無い。
また溜息が漏れる。
この部屋は今、悲しいほど静かだ。
俺はユーリを抱えたまま軍服の上着を脱ぎ、温もりを逃さないように腕の中の愛しい身体を包み込む。
その気配に少し意識を浮上させたのか、ユーリは顔を上げ、一瞬蕩けるような笑顔を俺に向けた。
「コン、ラッド・・・いつでも、ずっと、繋がったまま、で、・・・いれたら良いのにな・・・・」
零された殺し文句に、この勝負の敗北を知る。
「これだからあなたは・・・」
今夜何度目か分からない溜め息を付き、サイドテーブルに腕を伸ばす。
手にしたのは、さっきユーリが読んでいた国境警備隊からの調査報告書。
それを片手にユーリの身体をもう一度しっかりと上着に包んで抱きなおし、できるだけその身体に負担が掛からないように俺の胸に寄りかからせた。
「ユーリ、今度は朝まで付き合ってくださいね。」
耳元への問いかけに答えるのは、やはり穏やかな寝息。
今夜は長い夜になりそうだ。
俺は何とも情けない顔のまま、この甘やかな拷問を乗り切る為に、無粋な文字の羅列に目を走らせた。