拍手4


 王の寝室よりも狭いその部屋は、ユーリにとってとても居心地の良い場所だ。
 部屋の持ち主の纏う雰囲気と、空気が似ているせいかもしれない。
 夜着に上着を羽織る姿で、行儀悪く二人掛けのカウチへと横になりながら、手にした本のページを捲る。
 遠くには水音。部屋の主は風呂場だ。一緒に、と言われたが身体を洗うだけでは済まなくなりそうで、ユーリは先に済ませてのんびりと待つことを選んだ。

 護衛兼名付け親兼恋人の部屋へと夜に尋ねるようになってからしばらく経った頃。
 一見してあまり物のないモノトーンの部屋の本棚に、似つかわしくないものをユーリは見つけた。
 黄色いアヒルばかりが目立つために気づかなかったが、その後ろに兵法書や歴史書に混じり立てかけられていたのは、児童書だった。
 ここにあるということは、部屋の主の私物なのだろうが、彼がその本を必要としたのは百年近く昔のはずだ。彼の弟の為に用意したにしても、やはり八十年近く昔のはずで。確かに古いものではあるようだが、そこまでとも思えず、また一部は新しい。
 首を傾げながら、ユーリは一冊を手に取った。
 一番古いのは絵本。とは言っても、文字は単語程度のそれは、動物を可愛らしいタッチで描いていた。
 ページいっぱいに描かれた猫の絵。「猫」という名称と共に「めぇめぇ」という鳴き声が記述されているページを見て、笑みが零れる。
 次に手にとった本は、一冊目よりは文字の数が少しだけ増えていて、単語を繋げた簡単な文章が綴られていた。
 少しずつ揃えていったのだろうか?新しくなるにつれて、内容が難しくなっていき、十五冊あった本は子供向けであることは理解できても、半分ほどで内容が覚束なくなった。


「また読んでたんですか?」
 風呂からあがった部屋の主が、行儀悪い姿を咎めることなく軟らかい笑みを浮かべた。
「うん。なんか好きなんだ。勝手にごめんな」
「いいえ、ここにあるものは全て、あなたのものですから」
 横になっていた身体を起こし、一人分の席を空ける。礼を言って隣へと腰を下ろしたコンラートの湯上りの体温が心地良くて、ユーリは肩へともたれ掛った。
 今、手にとっているのは五歳児ぐらいに向けられた本だ。手のひらサイズの小さな少年の冒険譚。鳥の背にのって空を飛び、木の葉の船で川を渡る。
 書くのは苦手だが、これぐらいの内容ならば指先を使わなくても読むことが出来た。
「これ、コンラッドが読むわけじゃない…よな?」
「ええ。でも、買ったのは俺ですよ」
 読み終えた本をテーブルへと置いた。改めて表紙を見ても、やはりこの部屋には似合わないな、と思う。
 首を傾げたユーリの腰へと手を伸ばしたコンラートは、そのまま引き寄せるようにして膝上へとその身体を乗せた。
 横抱きにされて、普段は見上げるばかりの視線が同じ高さで絡み、ユーリの心臓が大きく跳ねた。
「大切な人のためにね。会えるのは成人してからだと分かっていたのですが、毎年誕生日になるとつい。その時の年齢に合わせて、良さそうなものを、ね」
 本は十五冊あった。
 さすがに、鈍いユーリにも意味が理解できる。
「だから言ったでしょう?あなたのものだと」
 どれだけ大切に思われているのかを教えられ、ユーリの頬が熱を持つ。
 ありがとう、と伝えきれぬ言葉の代わりに、肩口へと顔を埋めた。
「半分ぐらい、読めないんだ。今度、一緒に読んでくれよな」
「よろこんで」


(2009/08/19〜2009/08/30)