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予感がしていた。
悪い予感というのは当たってしまうもので、就寝の挨拶をしてしばらく経った後に再び訪れた主の部屋は無人だった。
俺の部屋に行くと言って不寝番の兵士の護衛を断ったらしい。
慌てる兵士に、行き違ったようだと嘘をついて踵を返した。
深夜であることを気にして足音を響かせないように気遣いながらも、早足で歩く。
彼ならばどこへ行くだろうか。
彼の精神状態から考えて誰かの元へ会いに行ったとは考え辛く、俺は心当たりへと向かった。
展望塔への階段を上る。
途中で会った兵士に、予想が当たっていたことを教えられた。
俺の部屋へ行くと言えば一人で出歩いても疑われず、俺と待ち合わせをしていると言われれば深夜だというのに塔への道も通される。
信用されているのも良し悪しだなと苦い笑みが漏れた。
「ユーリ」
扉の先に、探していた人を見つけて安堵した。
そして、声は聞こえていたはずなのにこちらを振り向かないことに胸が痛む。
「なに?」
少し鼻声なのは、先ほどまで泣いていたせいか。
弱い月明かりの下で城下を見下ろす姿が、とても儚く見えた。
幻のように消えてしまいそうで、足早に近づいて後ろから抱きしめた。
腕の中の身体が冷えている。
もう少し早く探すべきだった。むしろ、一人にするべきではなかった。
彼の身体も、傷ついているだろう心も温まればいいと腕の力を強めた。
「俺を呼んでください」
「ごめん、すぐ戻るつもりだったんだ」
昼間、国境で起きた小競り合いの報告を受けた。
すぐに地方に配置していた兵が出動し鎮圧されたが、民に被害が出た。
宰相たちは報告として王に仔細を伝え、王はそれを聞いた。そして、今後の対応が話し合われた。
最近の彼はとても冷静で、感情のままに声を荒げたりしない。
王としての自覚が出てきたからだろう。
「そうではありません」
けれど彼の本質は何も変わっていないことを俺は知っている。
彼は、今日死んだ民の為に涙を流す。
等しく民を護るためにと地方にまで兵士を配置するようにしたのは現魔王の意向だった。だからこそ、今回の騒動も小規模で治まったと言っていい。けれど、彼はそれでは納得しないのだ。
一人でも傷ついた者がいたことに、心を痛める。そして、自らが至らぬからだと自己を責めるのだ。
「お一人で泣かないでください」
「…っ」
腕の中の身体が強張り、小さく震えた。
「なんで、バレちゃうかな…っ」
気づかないはずないじゃないですか。
いつだって見ているんです。
無理に笑おうとしないでください。
気づかなければ、きっと一人で泣いて、明日は何事もなかったかのように笑顔を見せるだけの強い心を持っていることを知っている。
けれど、そうはさせたくない。
抱きしめる腕を解いて肩へと手をかけた。
「俺といる時だけは、王ではなくユーリでいればいい。俺の前でだけは、我慢しないで下さい」
ゆっくりと振り向かせると、くしゃりと笑顔を見せる。けれど、それが涙を堪えてのものと分かるから、慰めるように頬を撫でた。
「…コンラ…ド……っ」
顔が歪み、零れ落ちた涙が頬に添えた手を濡らす。
引き攣るに肩を数度震わせた後、嗚咽を漏らしはじめた彼の頬から手をはずし、背中へと回して引き寄せた。
慰めの言葉など必要ない。
今日のことを胸に、彼はまた明日から王として立つのだ。
彼が進むと決めた長い道程は、そういうものだから。
ただ、一人では歩かせません。
俺が支えますから。
どうか俺の腕の中でだけは、泣いてください。
(2009/08/31〜2009/09/06)