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目が覚めると、いつもと違う天井があった。
覚醒しきらない意識の中で何故かと考え、程なくして昨夜のことを思い出す。
自らの意思で恋人の部屋を訪ね、誘ったのは自分。けれど、予想以上の気持ちで返してくれた恋人に、最後はただ赦しを求めてすすり泣くだけになっていた。
眠ったのは、夜というより明け方に近い時間。いつもならば涼しい顔をして起こしてくれるはずの人は、自分を腕に抱きこんだままでまだ眠っている。
間近の寝顔は穏やかだ。
昨夜の激情など忘れたかのように、満足そうな様子が見て取れる。
いつも護る立場の恋人は、自分に気づかれぬように気を遣い穏やかな空気を纏いながらもどこかで意識を張り詰めさせていて、こんな風に寝顔を見せてくれるのは初めてだ。
起こさぬように、そっと様子を窺う。
整った顔立ちは眠っている時も変わらない。いつもの柔らかな笑顔がない分、精悍な顔立ちがよく分かる。
睫毛が長いな、なんて新発見もあった。
眉にある傷跡が痛々しい。けれど、彼の綺麗な瞳が無事で良かったな、とも思う。
銀の星を散らした不思議な輝きのそれは、今は閉じられて隠れている。
ゲンキンなもので、満足いくまで寝顔を眺めてしまうと、後に残るのは置いていかれた子供のような、少しだけ寂しい気持ちだ。
起きないかなぁと念じてみるが、悲しいかな思いは通じず。
普段は、ちょっと身じろいだだけで起きるくせに。
もう一度一緒に眠ればいいと頭で理解していても、一度生まれてしまった寂しい気持ちが、小さな棘となって胸を苛む。
「コンラッド」
祈るように。
小さく囁くように呼びかけながら、規則正しい寝息を繰り返す唇へと、自分のそれを押し当てた。
お姫様は、王子様のキスで目覚めるものだ。
「ん…、ユ…リ?」
昨夜の名残りのように、掠れた声が甘い。
ようやく、うっすらと開かれた瞳の中に、求めていた銀の星を見つけて、泣きたいような気分になる。
「起こしてごめんな」
「気にしないで。泣きそうな顔をしている」
心配そうに覗き込んでくる瞳が優しい。
「身体、辛いですか?」
「だいじょうぶ」
「怖い夢でも見ました?」
「ちがう」
ずっと自分だけを見て欲しい。それは、なんて我侭なんだろう。
甘やかされる幸福と共に、欲深い自分に戸惑う。
「なんか、寂しくなった」
変わっていく自分がいる。
初めてできた恋人は、自分にたくさんのものを与えてくれた。
例えば、二人でいる時に感じる寂しさは、一人でいる時のそれよりも深いことや。
たった一人の言葉に、簡単に気分が浮いたり沈んだりすることや。
誰かに依存することに対する恐怖心や。
「甘えん坊ですね」
甘えても受け止めてくれる人がいるという幸せも。
「まだ一番鳥が鳴くまで時間がありそうです。眠れますか?」
頷くと、しっかり腕の中に抱き込まれた。
先ほどまでの寂しい気持ちが溶けていくのを感じて、小さく頷いた。
「もう、だいじょうぶ」
(2009/09/14〜2009/09/20)