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「おとーさまっ!」
「ぐれたああああああああっ」
魔王親子の感動の再会は、十年ほど前から血盟城の名物だ。
可愛らしかった姫が人間の早さで成長し、愛する父親の身長に追いついたとしても、親子の関係は変わらない。
この十年で姫はとても見違えた。昔の面影を残しながらも、可愛らしいというよりは美しいという表現が似合うようになった。
対する魔王陛下は十年経っても何一つ変わらない。本人が言うには、微妙に身長が伸びた、とのことだが、周りの者たちには変化が良く分からなかった。
魔王陛下を愛する者達にとって、彼が彼らしくあることが重要で、他は些細な問題なのだが。
「なぁなぁ、コンラッドー」
執務中も娘のことが気になって仕事に身が入らず、ついには眉間の皺を三割り増しにした宰相殿に「邪魔だ」と追い出された魔王陛下は、お茶の準備をする護衛に情けない声で話しかけた。
「どうなさいました?」
「グレタ、ちゃんと断ってくるかな?」
きっかけは、グレタ帰国時恒例となりつつある求婚の手紙。そこまではいつも通りだったのだが、今回の相手はいつもと勝手が違った。十貴族に連なるそれなりの相手であり、門前払いというわけにもいかなかったのだ。
魔王陛下は、断るためとはいえ求婚相手の貴族のもとへと出かけた娘が心配で仕方がないらしい。
「だいたい申し込んだのなら向こうから来いってんだ。そしたら俺が断ってやるのに…」
「大丈夫ですよ。グレタを信じましょう」
納得できない様子でぶつぶつと文句を言う主にコンラートは穏やかな笑みを向けた。
「でもさ…いつかはお嫁に行っちゃうんだよな」
ユーリ自身も、いつまでも娘が手元にいてくれると思っているわけではないのだ。むしろ、いまだに父親に懐いてくれている事実に感動してさえいる。ただ少し…もう少しだけ長く一緒にいたいと思ってしまうだけで。
「俺、グレタに旦那さんになる人を紹介されたら、泣いちゃうかも」
見たこともない相手を想像して、既に涙目だ。
「大丈夫ですよ。お嫁に行ってもグレタはあなたのことが大好きですから」
少しだけ胸を過ぎった感情を隠して、コンラートは行儀悪くテーブルに突っ伏した主の髪を慰めるように撫でた。
数回前の帰国時に、グレタと二人きりで話したことがある。
女の子は男よりも成長が早い。そしてグレタは聡い子だ。父親たちの『婚約』という関係が、夫婦に発展することがないことに何年も前から気づいていた。
『どうしてコンラートなのかしら?』
彼女は一番大好きな黒髪の父親には尋ねなかった。
尋ねたら彼が困ることを知っていたから。
そして、彼女の一番尋ねたい相手ではないコンラートには、その問いに対する回答を持ち合わせていなかった。
これが『どうしてユーリなのか』と尋ねられていたならば、それがユーリだったからだと答えられたのだが。
『私と一緒にいる時のお父様は、とても嬉しそうにしてくれるの。とても大事にしてくれるの』
彼女は語る。父親のことを、とても愛しそうに。
『でも、あなたのように、当たり前のようにいつも一緒にいることはできないの』
彼女は語る。とても悲しそうに。
もうそこにいるのは、可愛い『娘』ではなかった。
「帰ってきたようですよ」
廊下を走る足音が聞こえる。兵士のものではない軽やかなそれは、小さな頃から父親と共に城内を走り回った名残だ。
「ただいまっ、おとーさま!」
「おかえりっ」
胸に飛び込んできた娘を抱きとめる。小柄な父親は、僅かによろけながらも、なんとか威厳を保つことに成功した。
「ちゃんとお断りしてきたよ」
「えらいぞー、グレタ」
彼女の父親は、以前とまったく変わらない眩しい笑顔を娘へと向けた。
小さな子供にするように頭を撫でられ、彼女は首を竦めて幸せそうに笑った。
『お父様のが幸せなのが一番なの。だから、私はいつまでもお父様の可愛い娘でいるの』
(2009/09/21〜2009/09/27)