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血盟城の謁見の間。
いまや多くの国々と同盟を組み、争いではなく対話による平和を実現させてきた大国の王との謁見は、それだけでも大変名誉なことなのだろう。
時候の挨拶から始まり、国の内外に広く知られた双黒の美貌を褒め称え、次いで長い治世への賛辞の後に、ようやく本題が切り出される。
必死な様子で言葉を重ねる使者にばれないように、魔王は内心で溜息をついた。
さすがに何十年と魔王をやっていれば嫌でも慣れてくる。
ただしそれは、聞いているフリが出来ることであり、痒くなるような美辞麗句を聞き流せることであり、不必要に重ねられた言葉の中から必要な本題だけを聞き取れることであって、決してそれらを苦痛に思わなくなるということではない。
本題のみに絞れば謁見時間が三分の一で良くなるよなぁ…などと考えていることがバレれば宰相がなんと言うだろうか。ちらりと視線だけで見やった隣に立つ宰相の眉間の皺がいつもより深い。
あぁ、気づかれている。
今度は逆隣に視線を投げる。年老いてなお麗しい王佐殿は、真面目な顔で使者の話に耳を傾けている様子。
よし、こちらは気づいていない。
基本的に皆同じ言葉を繰り返す。聞き飽きたと言っても過言ではないそれらの言葉も、彼らにとっては一生に一度のチャンスであるのだと頭では理解できているのだが。
もう何人目かもわからなくなった本日の賓客の相手は些か疲れていて、極身近な一部の身内にしかバレない程度に聞いているフリをするので精一杯だ。
顔は尚も挨拶を述べる賓客へと向けたまま、今度は少し離れた場所で微動だにしない護衛へと目を向けた。
壁際に控え、真っ直ぐに前を向いて立つ姿は美しいと思う。洗練されている、という言葉はこういうことなのだろうな。
見惚れてしまい後で怒られた経験があるので長く見続けることは厳禁だ。精悍な横顔から視線を逸らそうと意識したところで、相手に気づかれてしまった。
ああもう、目だけで笑うな。
同じように顔は賓客へと固定したまま視線だけを向けてきた護衛が、目だけで器用に笑って見せた瞬間に、もう述べられていた口上など聞こえてこなくなっていた。
真横のグウェンダルの意味深な咳払いがなければ、賓客に申し訳ないことになっていただろう。
グウェン、ごめん。ありがとう。
多分、さっきよりも笑みを深めているだろう護衛のことは意識的に考えないようにしながら、話に集中した。これ以上何かをやらかして、後でもらうだろう苦言の時間を増やすわけにはいかない。
長い長い謁見が終わり、控え室へと下がるなり、大きな溜息が漏れた。
頭と肩が重い。
原因である王冠と真紅のマントを外すと、心得たようにすぐに護衛に取り上げられた。取り上げた本人も、控えていた侍女にそれらを渡して下がらせる。
王佐と宰相は早々に執務室に戻ってしまったので、二人だけが残された。
ようやく肩の荷が下りて、再び大きな溜息を零すと支えるように腰に腕が回された。
「お疲れ様です」
当たり前のように自然なその所作に、呆れを通り越してある意味感心しながら、体重を預ける。
「…ったく、後でグウェンに説教されたら、あんたのせいだからな」
「俺が何かしましたか?」
わかっているくせに恍ける様子が憎たらしい。
「あんたの視線がいやらしいんだよ」
「酷い言われようだ」
額を押し付けた肩が揺れた。笑ってやがる。
きっと、さっき見せられたのと同じ笑顔なのだろうなと、見えない顔を思い浮かべた。
「大丈夫ですか?」
「へーきへーき。養分補充したから、もう一仕事してくる」
あまり遅くなると、宰相の眉間の皺が増えてしまう。
「俺は足りませんけどね」
「ばーか」
執務に戻ると告げたのは自分だけれど。
足りないと言いながら、あっさりと。抱き寄せた時と同じぐらい自然な動きで腕を離されてしまえば、その余裕ささえも憎らしくなる。
「俺、あんたがいないとダメだけど。あんたがいるからこそダメでもあるな」
なんとなく思ったことを口にしてみた。
突然の言葉の意味を捉えかねたのだろう。護衛の澄ました顔が困惑に変わったので、少しだけ楽しい気分になった。
(2009/10/14〜2009/10/24)