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あれほどまでに暑かった夏もいつのまにか影を潜め、最近は昼間でも過ごしやすい日が続いていた。朝夕は肌寒いと言っても良いほどに季節はすっかり秋の装いだ。
「どうしたんですか?」
暖炉に火をいれるほどではないが、薄着では身体が冷えてしまう。窓際に立つユーリへと上着を差しだそうとしたコンラートは、その視線の先に気づいて目元を和らげた。
「ああ」
なるほど。
綺麗な満月だった。
雲のない星空の中、ぼうっと輪郭をぼやかしながら淡く光る姿は儚げでとても風情がある。
月見の邪魔をせぬようにと肩へそっと上着をかけると、背後から細い身体を腕の中へと閉じこめた。
「綺麗だよなな」
「そうですね」
月を愛でるような風流な習慣は持ち合わせていないが、確かにこうして見上げたそれは美しい。
満月も美しいが、背後からでは見えない貌はもっと美しいだろうと、確信を持った想いが胸を過ぎる。告げればこの人はなんというだろうかなどと考えて。
想いを見透かすように拘束の中で振り返った人は、何を考えているのか愉しそうに緩く笑んだ。
「I love you」
「…?」
聴き覚えがある言語だった。
意味は考えるまでもない。ただし、愛の告白というよりは口にしてみただけといった雰囲気だったので、言葉をはさまずに続きを待った。
「昔、授業でさ。有名な小説家が「月が綺麗ですね」って訳したんだって話を聞いたんだ」
「それは…なんとも風流ですね」
「あ、意味わかるんだ。俺、その話聞いた時「なんで?」って感じだったのにな」
さすがは百戦錬磨、などと失礼な評価に苦い笑みが浮かぶ。
「そんなことないですよ。あなたと出会わなければ気づかなかった」
「あんたなぁ……」
照れなのだろう、少しだけ眉根を寄せた様子が可愛らしくて眉間に口付けを落とすと、逃げるように背を向けられてしまった。
残念に思うが、最後に見えた耳がほんのりと色づいていたので仕方が無いのかもしれない。
「ユーリ。それで、意味はわかったんですか?」
「さぁな」
頑なにこちらを見ない様子から答えは聞き出すまでもない。
それ以上は追求せずに、そっと夜の色を纏った艶やかな髪へ口付けを落とした。
「本当に、月が綺麗ですね」
月が、いつもより、綺麗だと感じる。
何気ない風景が色鮮やかになりました。
あなたと出会った日から。
貴方がいるだけで。
世界がうつくしいということを知りました。
(2009/10/25〜2009/11/06)