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 この国で一番長い季節が訪れた。

 執務中、むずむずと落ち着きが無いユーリの様子に誰もが気づいていていた。
 ただし、落ち着きは無くても仕事をこなさなければならないという意識はあるらしいユーリは自らの仕事を頑張っており、だからこそコンラッドはご褒美の意味も込めて休憩を提案した。
 王佐も宰相も、同じように思っていたのだろう。
 あっさりと許可が下りるなり、執務室を飛び出すユーリの背中を見送る視線は誰もが柔らかだ。
 見失わぬようにと、コンラッドもその後に続いた。

「うわぁ」
 昼過ぎから降り出した初雪は、そのまま降り続いて地面を白く染めていた。
 中庭に面した回廊から、止める間もなくユーリが飛び出していく。
「ユーリ、待って。上着をとってきてから」
「少しだけだから、大丈夫!」
 暖炉に暖められた執務室と違い、外はとても寒い。
 白い息を吐き出しながら、頬を真っ赤にしたユーリはコンラッドの心配など気にした様子も無く、新雪に足跡をつけ、しゃがみこんで雪を掬いあげたり、立ち上がって両手をかかげて雪を受け止めたりと大忙しだ。
 こんな薄着でと焦りを覚えながら、コンラッドは軍服の上着を脱いでユーリの肩へと羽織らせた。
「コンラッドが寒いじゃん」
「俺は鍛えてるから大丈夫です」
 次から次へと降り続ける雪は止む気配などなく、そうこうしている間にも黒い髪が少しずつ白く染まっていく。
「ユーリ」
「なに?」
「こんなに冷たくなってる」
 そっと、包み込むように。
 コンラッドは天へ伸ばされた両手を捕まえた。
 普段は高い体温のその手は、雪に触れたせいで痛々しいほどに冷たい。思わず顰めた眉を見て、ユーリは失敗が見つかった子供のような顔で笑った。
「痛くないですか?」
「ちょっと痛い」
 握った手を持ち上げて首へ。冷やりとした感触も、彼の手だと思えばコンラッドにとって不快なものになりえるはずがなく。少しずつ熱を分け与えていくことによる温度の変化に、嬉しさまで覚える。
「え、まって。コンラッド、そんなことしなくていいって」
 焦るユーリの言葉はきかずに、十分に体温が戻ったことを確かめてから手を離して今度は頬へ。
 耳まで覆うように両頬をへと手を添えて。
「唇が青くなってますよ」
 叱られている気分なのか気まずそうに視線を逸らす様子が可愛らしくて、逃げられぬのをいいことに軽く唇を触れ合わせると、寒さとは違う意味でユーリの頬が染まっていくのが分かる。
「もう、戻る」
「コートと手袋を用意したら、また雪で遊んでもいいですよ」
「今日はもういい」
 頬への拘束が解けるなりさっさと歩き始めたユーリの右手を、コンラッドは後ろからそっと掴む。
「また冷えるといけませんから」
「見られたらどうするんだよ」
「大丈夫ですよ」

 執務室までの僅かの距離。
 吐く息は白く、外気は寒く。
 けれど、握った手は温かくて、歩く速度がいつもよりゆっくりだった。


(2009/11/07〜2009/11/26)