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空いっぱいに広がる星とは対照的に、凪いだ海はどこまでも暗かった。
唯一、水面に映し出された月だけが明るい。空に浮かぶそれとは異なり、ぼんやりと揺れる姿を眺めていた有利は、背後に近づく硬質な足音と気配を感じて、ゆっくりと振り向いた。
何故、どうして、問いかけたいことは山のようにある。
けれど、姿を視界に捉えてしまえば、言葉を発するよりも先に身体が動いてしまうのだ。
一歩、踏み出した分だけ距離が詰まる。
絶えず隣にあった記憶の中とは異なる白い軍服が月明かりの中でぼんやりと浮かび上がっていた。目を逸らすようにさらに距離を詰めた有利は、勢いにまかせて伸ばした手で襟首を掴み、自らへと引き寄せた。
口付けと呼べるほど甘いものではない。
ただぶつけたと表現したほうが正しいような触れ合いの中、手にした温もりを放さぬようにと襟を掴まぬ手で後頭部を掻き抱いた。
言葉を発すれば終わる気がして、有利は意味のない音のみを唇から零した。
互いの間にある埋めようのない距離から目を逸らそうとすれば、自然と行為にのめりこむこととなる。
波音もいつしか耳に届かず、吐息のみを感じて。
空に浮かぶ月がその姿を隠すまで、ただ奪い合うように熱を求め合った。
静かな目覚めだった。
いまだ夢の中にいるように感じたのは、そこが船の上だったからかもしれない。
横になった身体にゆるやかな波の揺れを感じながら、有利はぼやけた視界で天井を見上げた。次いで首を横向けると、さほど広くない室内には誰の姿もなく、まだ起き抜けの力の入らぬ身体をゆっくりと起こした。
遅い時刻のせいだろう、見咎められることなく甲板へと訪れた。灯りは少ないが、夢に見たような丸い月が闇の中で浮かび上がる。
穏やかな波音が、絶えず耳に届く。たどり着いた船の縁で、思ったとおりの水面の姿を確認すれば自然と溜息が漏れた。
「風邪をひきますよ」
背後で聞こえた軍靴の音は、夢の…過去の記憶よりも柔らかく、有利の耳に届いた。
夢は過去だ。あの日、様々な感情を胸に有利から距離を詰めた。
だが、今夜は違う。
「綺麗な月、だな」
口にするなり背後から伸ばされた両腕に包み込まれた。
腕の中で身じろぎ、向かい合って目を伏せた。必死にしがみつく必要などはなく、緩く腕を持ち上げ、背へ。
決して埋まらない距離は、もうどこにもありはしない。
(2011/09/05〜2012/06/02)