拍手32


《飼い犬ごっこ》



 コンラッドが聞き上手なおかげで、よく地球の話をする。
 いつものように、埼玉の家について話していたときのこと。
「うらやましいですね」
 普段はにこにことおれの話を聞いてくれる彼の珍しい発言に、おれは目を丸くした。
「あんたも犬を飼いたいの?」
 うちで飼っている二匹の犬は、いつも帰宅すると足元にまとわりついてくる可愛いやつらだ。
 彼も犬好きだったとは。アオやノーカンティに接する姿を見ていれば、動物が好きだというのはよく分かるけれど。
「いいえ、そうじゃなくて」
 そうじゃないなら、なんだろう。
 はて、と首を傾げたおれへと笑顔を向けた彼は、さっき以上の爆弾発言をしておれを驚かせた。



『ユーリの飼い犬になりたいなって』
 そう言い放った彼は、いまは床に座り込んでいた。
「えっと、コンラッド?」
「はい」
「たのしい?」
「ええ」
 ソファに座っているのに、見下ろす位置に彼の顔があるのはなんとも不思議な感覚だ。
 うっとりと膝になつく姿は、実際にうちの犬たちもよくやる行動で、大型犬と言えなくもない。
 だからおれも、いつも二匹にそうするように頭をそっと撫でてやった。
「くすぐったいんだけど」
 確かに行動は犬かもしれないのだけれど。
 太ももの上で身じろがれると、いかんともしがたい妙な気分になるから困ってしまう。
 これは犬だ、犬だと念じてみたところで、やはり彼は犬ではないのだ。
「なあ、コンラッド」
 そろそろやめないかと提案をする前に、伸び上がったコンラッドに唇を掠め取られた。
「わっ」
 圧し掛かってきた大きな身体によって、ソファに上に引き倒される。
 昔は小さかった子犬たちも今では立派な成犬で、じゃれているつもりでも力負けして倒されることがあるけれど。
「重いって、こら。洒落にならないから」
 おれの上で四つんばいになった彼が身を倒す。近づいてきた唇が、鼻先を舐め、そして唇の端へと触れてくるからたまらない。
「もう、ごっこ遊びは終わりにしよう」
 ギブアップと告げてもどいてくれないのは、二匹の飼い犬と同じだが。
「そうですね」
 ようやく得られた同意にほっとしたのは一瞬のこと。
「飼い犬も楽しそうですが、やっぱり恋人の方がいいかな」
 そう告げた彼の表情は、いつもベッドの上でするような恋人のそれだった。


(2013/12/31〜2014/01/25)