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《学パロ》



 映画に出てきそうなほど爽やかなイケメン、しかも、いつも笑顔で物腰やわらか。
 教え方もうまいし、授業時間外の質問にだって嫌な顔一つしないときたら、モテるのは当然だ。
 そして、かくいうおれもそんな人を好きになったわけだけど。
 そんなイケメンをちらりと盗み見て、手の中にあるシャープペンをくるくるまわした。
「どうしたんですか、ため息なんてついて」
 こっそりついたはずのため息は、どうやら気付かれていたようだ。
 つい先日のこと。
 ふられると覚悟しながらもぶつけた思いを、受け入れてもらえた時は夢見たいだと喜んだのに。
「分からないところがありましたか?」
 放課後の英語科準備室は数少ない二人きりになれる時間なのに、尋ねるなり言われた言葉が「宿題は?」なんだからやってられない。
 言われた通りに宿題のプリントを出してはみたけれど、まったく身が入らなくて十分も前に名前を書いたきりだ。
 そんなおれの状態を知ってか知らずか、ため息の原因となった先生が横から手元を覗き込んできた。
「進んでませんね」
 座っているおれにあわせてしゃがみこんだ先生の顔が近づいて、どきっとした。
「ここはね」
 始まった解説の声は心地よいのに、内容がちっとも頭に入ってこない。
 くやしいことに、横顔までかっこいい。
 考えた途端、見透かすように先生がこちらを向いた。ぽふり、と頭に乗せられた手のひらが、ゆるく髪を撫でていく。
「聞いてなかったでしょう?」
 言葉とは裏腹に、笑みを含んだやわらかい声音に心臓がぎゅっとなった。
「だって」
 仕方ないじゃないか、と思う。
 好きな人が隣にいるのだ。
 宿題より、もっと違うことがしたい。



「もっと恋人らしいことがしたい」
 出来たての恋人からのお願い事は、大変かわいらしいものだった。



 目立つタイプではないけれど、そこにいるだけで自然と周りが笑顔になる、そんな生徒だった。
 気付いたら、目で追っていた。
 彼は生徒だと言い聞かせるようになった頃には、既に手遅れだったのだろう。
 それでも口にしないだけの理性はあったのだが、それも彼からの告白を受けるまでのことだった。
 まっすぐに想いをぶつけてくれた彼を抱きしめてしまったのは、つい半月ほど前。


「恋人らしいことって?」
 別に、意地悪をしたかったわけではなかった。
 結果として、彼はそう感じたかもしれないが。
 赤みの差していた頬がますます色づかせながら見上げてくる彼は、怒るような拗ねるような、どちらともつかない表情をしていた。
「キスとか!」
 奥手だとばかり思っていた彼から飛び出てきた言葉に、目を見張る。
 抱きしめたのはあの日だけだった。
 ただ抱きしめただけとはいえ、高校生が相手なのだとずいぶん反省したものだ。
 せめて、彼が卒業するまでは何もすべきではない。
 分別のあるふりをしたところで、断ることをしなかった時点で既に大人としても教師としても間違っているのだろうが。
「とかって?」
 それはどこまでを含まれるのか。問いかけに、返事はなかった。
 だから、質問を変えてみる。
「ユーリは俺とキスをしたい?」
 座っている彼と視線を合わすように腰を折れば、一瞬だけ怯む様子がかわいらしい。
 艶やかな唇に触れたら、どんな反応をするだろうか。
「したい」
 逃げるかと思いきや、挑むように見つめ返されて、今度はこちらが怯むことになった。
 そうだった。そういう彼だから、手をとってしまったのだ。
「おれは、先生が好きなんだ」
 まっすぐな視線も言葉も、胸をうつ。
 頬へと触れてまろやかなラインをゆっくりと撫でると、触れて欲しそうな唇が僅かに上向いた。
「子ども扱いしないでくれよ」
「していませんよ」
 参ったな。
 そうできるぐらいなら、最初から拒むことができていた。
 腰を折り、彼の量肩へと手をかけながらゆっくりと顔を近づけた。
 けれど、唇を触れさせた先は彼の唇ではなく、鼻の先だ。
「……んっ」
 手のひらの下で、肩が僅かに震えた。ささやかではあったけれど、彼の緊張を伝えるには十分だ。
 背へと回された彼の手が、不安げに背中をすべっていく。
「ほら、ね? 無理に急ぐことはないんですよ」
 触れ合わなかった唇の代わりに額を触れ合わせれば、間近の距離で彼は安堵と不安を混ぜ合わせながら小さく顎を引いてみせた。
 急ぐことはない。彼はまだ若く先は長いのだからと、名残惜しい気持ちを笑顔の下に隠しながらゆっくりと折り曲げた腰を戻した。
「早く大人になりたい」
「楽しみにしています」
 返した言葉は決して茶化す気持ちではなかったのだけれど、幸いにも気付かれずに済んだようだった。


(2014/01/26〜2014/03/01)