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 久しぶりに晴れた夜の空には一面に星が散らばっていた。



 まだ春は遠く昼間でさえ雪はなかなか解けない冬の盛りのこと。
 夜は尚更で、城の外れにある塔の階段を上る最中でさえ吐く息は白いというのに、先を歩く少年が時折振り返っては見せる笑顔に、コンラートの心を温かいものが満たした。
「ユーリ、前を見て歩かないと転びますよ」
「大丈夫だって」
 コンラートの心配を余所に、軽快な足取りで頂上まで上りきった彼は、突き当りの扉を開けて歓声を上げた。
「すごいよ、コンラッド。一面の星空だ」
 月のない夜とはいえ、雪と星の明かりはやわらかく辺りを照らしていた。
 彼の吐く息の白さも、高揚した頬も、闇色の瞳がきらきらと輝く様もよく見える。
 コンラートは明かりの漏れる階段の扉を閉じると、手にしていた毛布の一枚を畳んで床に敷いて、四方をみまわしてはしゃぐ彼に座るように促した。
「すごいな。埼玉とは大違いだ」
「地球は夜も明るかったですからね」
 彼の住んでいた国ではないが、コンラートの知る異世界の夜はとても明るかった。
 人工的な明かりも活気にあふれていて美しかったが、こうして二人で眺めるならば静かな星明りの方がいい。
「やっぱり寒いな」
 隣に腰を下ろしたコンラートを待ち構えたかのように、彼が身を寄せてきた。
 防寒具をしっかり着込んだとはいえ、身につけた服が空気に冷やされているのがよくわかる。
 用意しておいたもう一枚の毛布を肩にかけてやると、彼は嬉しそうに笑った後ですぐに笑顔を引っ込めた。
「ありがと。でも、あんたのは?」
「俺は大丈夫ですよ」
 生憎、毛布は二枚だけだが、耐えられないほどではない。
 大丈夫だと首を振ってみせたコンラートへとますます身を寄せた彼は、毛布の端を持ち上げて一緒に入るように促した。
 そんなつもりではなかったのだが。
「大丈夫じゃない。あんただけ寒いのはおれが嫌なんだよ」
 鍛えているし、これぐらいの寒さなど慣れたものだ。けれど、彼が納得しないことを知っている。
 そういう優しさは彼のたくさんある美点の一つで、コンラートがとても好ましく思っている部分でもあるから、礼と共にありがたく好意を受けることにした。



 以前、愛娘に教えるのだと請われて教えた星の名を彼はしっかりと覚えていたらしい。
 ひとさし指を空へ向けて一つずつ復習をしてから、新しい星座を教えていった。
 彼はとてもよくできた生徒で熱心にコンラートの言葉に耳を傾けて、星座にまつわる物語に笑い、次は春の星座だなと呟いた。
「春までに勉強しておきますね」
「いいよ、そんなの。星図を持ってきて、一緒に勉強しよう」
「いいですね」
 他愛のない会話の間にも、触れ合った肩が少しずつ熱を生んでぽかぽかと身体を温めた。
「寒いけど、こうしてるとあったかいな」
「そうですね」
 温かいといっても、頬も耳も冷たくて、そろそろ部屋に戻るべきだ。
 頭で理解しながらも、彼は冬の星座の復習をしているのか熱心に星空を見上げているものだから、つい切り出すのが遅くなる。  もう少しだけ、願わずにいられないほど分け合う熱はあたたかで心地よかった。
「ユーリ?」
 肩にかかる重みが増したことに驚き、星空から傍らへと視線を落としたコンラートは見つけた寝顔に表情を緩めた。
 すやすやと健やかな寝息をたてる少年を見て、いまさらに時間を思い出す。
 起こさぬように慎重に、コンラートは毛布で少年を包んだ後で、ふと思い出して北の空で一段と輝く星を仰ぎ見た。
「……」
 以前に名付けた星の名を口の中で呟いて、たったひとつだけの大切な地上の星を抱き上げた。


(2014/03/02〜2014/04/25)