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彼のためにも、おとなしくしていなければならないのは分かっているのだが。
「こら、笑うな」
すぐ間近から聞こえた咎める声に、ほんの少し唇を引き締めた。少しでも気を抜けば、また彼に叱られてしまうから。
年若い恋人に言われた通り、椅子に座って目を閉じてから随分と経つのだが、一向に目を開けていいという許可が下りない。
いつも頭一つ小さい位置にある恋人の顔が、今日は少し高い位置にあった。
真面目な顔をしているだろうか。それとも、少しだけ困った顔をしているだろうか。
どちらにしろ、可愛いに違いない表情を思い浮かべれば実際に見たくなる。生憎、目を開けることは禁じられているので、かなわないことが残念だ。
「だから、笑うなって」
「すみません」
そんなつもりはなくても、手を伸ばせば届く距離に彼がいるのだから、どうしたって表情が緩んでしまう。
「いいか、動くなよ?」
何度目か分からない確認の末に、彼の手が遠慮がちに両肩に触れた。そっと、添えるだけの指先から伝わるのは戸惑い。
目を閉じたまま彼と向かいあうように顎を持ち上げただけで、「動くな」と叱られて中途半端な位置で動きを止めた。
「……よし」
しばらくの沈黙の後、肩に触れていた指先に力が篭った。
一気に期待に胸が膨らむ。
半ばぶつかるように触れ合ったそれはキスと呼ぶにはいささか乱暴ではあったけれど、相手が恋人だと思えば胸を弾ませるには十分すぎるほどで。
「わっ」
うっかり目の前の身体を抱きしめたらまた「動くなって言ったのに」と叱られることになってしまった。
普段はされるばかりで、それはすごく気持ちいいのだけれど、やっぱり同じオトコとしては自分でもいろいろしてみたいという欲求はあるわけで。
「コンラッド、じっとしてて」
触れやすいように、彼の膝に乗り上げた。肩を押さえたのは動きを封じる目的ではなかったけれど、彼はおれのお願い通りにじっとしていてくれていた。
「……ん」
ちゅ、と自分から触れてみた唇は、少し温度が低くてやわらかい。
能動的に自分からするキスは恥ずかしいけれど少しだけ頭がクリアで、彼にされる時よりもいろんなことがよく分かる。
何度か繰り返すと、体温が馴染んでいくのを感じて、なんだか少し嬉しかった。
少しだけ大胆になって、頬や髪に触れてみる。普段、彼が触れたがる理由が、触れてみればよくわかる。自分とは違う肌、違う体温にどうしてこんなに惹かれるのだろう。
もっともっとと指先を滑らせて、彼の前髪をかき上げた。瞼の上の、秀麗な眉についた小さな傷跡に唇を押し付けると、それまでじっとしていた彼に腰を抱かれた。
「じっとしてろって」
言ったのに、という苦情は身体をひっくりかえされて最後まで言えずに悲鳴に消えた。
背中にはベッド。目の前には、困った顔のコンラッド。
「あなたに触れられるのは、心臓に悪いんです」
「嫌だった?」
心配になって尋ねたおれに、彼はますます困った顔をして、「触れたくなるのだ」と情熱的に教えてくれた。
(2015/04/25〜2015/05/30)