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しんこんゆ(現パロ)
結婚をする前から同棲をしていた。
だから、籍を入れても何も変わらないんじゃないかな、なんて思っていたのに。
「ハンカチとちり紙は持ったよな」
「はい」
「ケータイとサイフは?」
「持ちました」
彼に限って忘れ物なんてないと知っていても確認するのは、子どもの頃から見てきた両親の影響かもしれない。
先に家を出るコンラッドを玄関先で見送る朝の儀式も、結婚前と変わらない。
いつも通りにびしっと決まったスーツ姿のコンラッドが革靴を履くのを待って、おれは鞄を差し出した。
「ありがとう」
振り向いて鞄を受け取った彼は、「行ってきます」と言いかけて、それから不意打ちのようにおれの身体を引き寄せた。
ぎゅうっと腕の中に抱き込まれて、スーツの生地に鼻が当たる。慌てて顔を上げると、近づいてくるコンラッドの顔が見えた。
「……んっ」
ちゅと触れてすぐに離れたのは一度目のキス。
二度目は、もっとしっかり触れ合って、ゆっくり時間をかけてから離れて行った。
空気を求めて唇を開いたところに触れた三度目は、朝の挨拶と呼ぶには濃厚すぎて、朝なのに、と咎めるはずの声は唇の中でくぐもって消えた。
「……っ、ぁ」
膝から力が抜けそうな頃にようやく腕の力が弱まって、はふ、と熱っぽい吐息が零れた。
おれの腰を腕一本で抱いたまま、楽しそうに柔らかく微笑んだ瞳へと睨んでみせても、ますます笑みが深まるばかりだ。
「朝なのに」
「だから続きは夜にね」
そういう意味じゃないのに。
掠めるみたいにキスをしてから、腰にあった温もりが離れる。
「行きたくなくなっちゃいますね」
「なに言ってんだか」
「早く帰ってきますね。お土産持って」
「土産はいいから、早く帰ってこい」
行かせたくないな、なんて思ってしまったおれの気持ちを代弁するみたいに、コンラッドが冗談めかして笑うから、おれは「早く行け」と彼の背中を押し出した。
同棲していた頃から出勤する彼を見送る習慣は変わらないのに、結婚してから見送りの時間が長くなった。
日常生活の中で、キスの回数が目に見えて増えた。
さっきまで一緒にテレビを見ていたはずが、なんとなく盛り上がってしまって気づいたらベッドに移動……するような余裕があればいい方で、なし崩しにその場でなんてことも少なくない。
ちょっとしたことが少しずつ、けれど確かに変わってた。
「なんでだろう」
「新婚なんですから、当たり前ですよ」
首を傾げたおれへ、コンラッドはとびきりの笑顔とキスをくれた。
(2015/05/31〜2015/10/08)