過去
その赤ん坊は、乱暴に扱えばすぐに壊れてしまいそうな危うさと、確かに生きているのだと主張する強い生命力を併せ持っていた。
初めて腕に抱いた温もりを、コンラートはいまでもまだはっきりと覚えている。
崩れかけたコンビニの中。親から引き離され、恐ろしい体験をしたばかりの小さな身体が、くしゃくしゃの顔で泣いていた。
「−−」
彼が無事でよかった。
彼が感じただろう恐怖が少しでも薄れるように、コンラートは甘く優しいメロディを口ずさみながら、子供の身体を優しく揺すった。
叫ぶようだった大きな泣き声が少しずつ小さくなり、しゃくりあげる程度になるまで。
「あなたがいらっしゃるのを、ずっとお待ちしていますね」
魂と呼ばれる無機質に感じるほど完璧だった球体は、今はこんなにも温かい。
これから先、彼はどんな風に成長していくのか。
どこまでも広がる可能性を考えたコンラートの口許には、自然と笑みが浮かんでいた。
どんな未来であれ、それを見守り、手助けできるこれからを思えば胸が弾む。
こんな風に自分を幸せにしてくれる彼の歩む未来が、幸せなものであればいいと願った。
「どうぞ健やかに」
未来の魔王陛下の名を呼ぶのは、不敬だろうか。
けれど、しばらくの別れを惜しめば、口にせずにいられなかった。
「ユーリ」
我らが魔王陛下。
そんなつもりはなかったとはいえ、幸運にも自分が彼に贈ることになった名を口にする。
夏を乗り切ってすくすくと成長している彼は、あの両親の愛情を受け、きっと強く逞しく育つだろう。
「困ったな。こんなにも、離れがたくなるなんて」
ただただいとおしくてしかたない腕の中の温もりは離しがたく、けれど、いま離さなければ更に名残惜しさが募るばかりだ。
「……ユーリ」
最後にもう一度だけと区切りをつけて、名を呼んだ。
まあるい瞳がコンラートを見上げ、呼ばれたのがわかったかのように「あー」と返す。
大切な……大切ないとし子に祝福を。
小さな額に押し付けた唇の感触がくすぐったかったのか、かわいらしい笑い声がコンラートの心までくすぐった。
(write:2019.07.22/up:2019.09.01)