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「コンラッド!」
お茶の用意をしにいったコンラッドを遅れて追いかけたおれは、厨房へと向かう途中で捕まえることができた。
「どうしたんですか、ユーリ」
駆け寄るおれに気づいたコンラッドが少しだけ足を早めると、それに合わせてカチャカチャと盆に乗せられた茶器が音を立てた。
執務室でさっきまで仕事をしていた。今日は夕方まで缶詰にされる予定だったおれが、こんなところに一人でいることに驚くのは当然だ。
数度瞬きをしたコンラッドは、怒ることもせず、
「お天気も良いですし、外でお茶にしましょうか」
「うん」
いつも通りの笑みを浮かべると、おれを執務室とは反対方向に促して歩き始めた。
涼しい木陰でピクニックのように茶と菓子を広げた。
とは言っても、手際よく用意するのはコンラッドであっておれじゃない。あっと言う間に出来上がった茶席で、おれがすることと言ったら、食べることと喋ることだけなんだけど。
「本当に良い天気だな」
「そうですね」
執務室にも窓はあったが、手元ばかりを見ていたせいで天気など気にもとめなかった。それだけ必死になっていたということなのだろうが、この心の余裕のなさに、思わず溜息が漏れる。
焼き菓子を食べ終えても、紅茶を飲み終えても、抜け出してきたあの執務室に戻る気にはなれなくて、わざと執務のことを避けて話を続ければ不自然に会話は止まり、後はただぼんやりと空を見上げ続けた。
コンラッドも戻れとは言わない。黙って、空になったカップに、琥珀色の液体を注ぎ足してくれる。
「ユーリ」
「なに?」
急に肩を引かれた。
「うわっ」
「こうすると、もっとよく見えますよ」
バランスを崩して倒れこんだのは、隣に座っていたコンラッドの大腿の上。いつの間に用意していたのか柔らかな布が敷かれたそこに、頭を押しつけられた。
見下ろしてくるコンラッドの視線が優しい。そこに咎める色があれば、言い訳もできるのに。
誰よりも自分自身が、今の自分が間違っていることを知っている。何一つおれを責めないコンラッドの視線は居心地が悪くて、逃げるように目を逸らして再び空を見上げた。
綺麗に晴れ渡った空は雲が一つもなく、どこまでも青く澄んでいた。
心地よい風が吹き、髪を撫でる。少しだけ乱れた前髪を、コンラッドの指が梳いて整えていく。
「コンラッドは怒んないの?」
「怒られたいんですか?」
問われて、すぐ思い浮かんだのは部屋を飛び出す直前に見た宰相の顔。眉間にいつもより深い皺が刻まれていた。
「怒られたいわけじゃないけどさ」
「怒りませんよ。俺はユーリの味方です」
「おれが、間違ってても?」
「何があっても、です。例え世界中があなたの敵になったのだとしても、俺だけはあなたの味方でいます」
争いがない国に、世界にしたい。
けれど、現実には争いが起きている。
話し合おう。
こちらが場を設けるための準備をしている間にも、相手の国は軍備を整えている。
相手の言葉の方が正しいのだと、頭では分かっていた。分かっているからこそ認められなかった。明確な根拠で、自分がやろうとしていることが理想論であるのだと突きつけられ、納得させられるような反論ができず、結局自分がしたことと言えば感情的な言葉をぶつけて執務を投げ出すことだけだ。
けれど、コンラッドは怒らない。おれに、どうしろとも言わない。
おれがこのまま魔王を辞めると言っても、地球に帰っても、きっと止めたりしない。
「言われなくても、あなたは何が正しいのか自分で判断できる人だ」
「……そこまで信頼されたら、間違ったことできないじゃん」
そうしてもいいと思われているわけじゃない。そんなことなどしないと信頼されている。
勢いをつけて起き上がった。
寝かしつける時にはしっかりと肩を掴んだ手が、邪魔をすることはなかった。
気合いを入れるために一つ伸びをしている間に、後ろでコンラッドも立ち上がる気配がした。見なくてもわかる。きっと笑っていてくれる。
「グウェン、怒ってるかな」
「一緒に謝ってあげます」
「一人で謝れるよ」
世界平和。
夢物語だ、どうやって実現するつもりだという問いに、何一つ具体的な答えを返せないけれど。
とりあえず、この絶大な信頼だけは裏切りたくない。
この信頼に恥じない王様でいたい。
戻ればきっと怒られるのだろう。また、同じようにぶつかるのかもしれない。
「行こうか」
「はい」
振り返ると、思い描いていた通りの笑顔がそこにあったから、おれは一度笑い返して歩き出した。
(write:2010.07.22/up:2011.07.22)