魔法使いの恋人


 自分で決めたことだったり、気づいたらそうなっていたことだったり。
 長い時間を一緒に過ごせば、自然とお互いの間にルールや習慣ができあがる。
 例えば、週に数度は恋人の部屋で過ごすだとか、残りの数日も、一人で眠るにしても眠るまでの間はやはり一緒に過ごすだとか。
 そうするために、特に忙しい時期や緊急事態を除いては夕食後まで執務をしないだとか。
 つまりは、ほとんどの時間を共に過ごすわけだ。
 もう何十年も前、それこそこの世界で出会った直後からそれは習慣となっていた。様々な理由でおれの前から勝手にいなくなった馬鹿男を連れ戻した後、少しだけ互いに勝手が分からなくてすれ違ったりもしたけれど、結局はすぐに以前の生活に戻った。
 何がきっかけだったか、その馬鹿男を保護者ではなく意識するようになってから、付かず離れずの距離間がはかれなくてやっぱり戸惑ったたこともあったし、些細なものから城中を巻き込むものまでケンカをしたこともある。
保護者から恋人に立場を変えたこと、長い時間を生きてきたことによって、たくさんのことが変わったけれど、一緒にいる、ということだけは変わらない。

 おれもいつしか「本当に仲がよろしいですね」なんて冷やかしに照れる子供じゃなくなって、そういった言葉に慣れてしまえば、あえて声をかけられることも無くなる。つまり、おれの反応がおもしろかったんだろうな。
 今でもおれたちの仲について、何かを言ってくれるのは親友ぐらいだ。
 冷やかしではなく、呆れ半分に。「よく飽きないね」なんて何度目か分からない言葉を、「空気を吸うみたいなもんだからな」って受け流したら、変な顔をして黙られた。
 一緒にいなければいけない、と思ってるわけじゃない。ただ、気づいたら一緒にいるだけで。
 それに、あいつだって任務で城をあけることもあるから、本当に毎日一緒にいるわけじゃないし。先週だって視察に出かけてたんだぜ。ルッテンベルクの近くだったから、たまには里帰りしてこいよってわざわざ期間を延ばして一週間もつけてやったのに、あいつ結局四日で帰ってきたけど。
 言葉を重ねれば重ねるほどに、親友の視線の先が左へと逸れていき、頬杖をついたその顔が完全に横顔を見せるようになった頃、用事があるからと追い出された。
 なんだよ、せっかく元気にしているか見にきてやったのに、付き合いが悪いよな。

 外に出ると、まだ陽が高かった。夕方までのんびりとするつもりだったから、予定外だ。
「早かったですね」
「あれ、連絡行った?」
「いいえ」
 眞王廟までついてきた護衛の兵士たちは、夕方に迎えを頼んで全員帰らせた。
 一人で帰ることは可能だが、そうすることで叱責されるのが自分だけではないことが分からないほど子供でもない。迎えが来る予定の夕刻まで待つべきか、それとも鳩でも飛ばすべきか。予定を変えるのは申し訳ないが、こんな天気の良い日になにもせずに時間を潰すのも勿体無いと考えていた矢先、だ。
当たり前のように微笑む男が立っていた。
「あんたって時々、魔法使いみたいだよな」
「魔族ではありますが、魔力はありませんよ」
 先日も、視察の期間を延ばしたことを後悔し始めた頃に、いきなり戻ってきた。王都からルッテンベルクは遠い。きっと無理をしただろう。けれど、そんな素振りを一切見せず、今みたいに笑っていた。
「知ってるよ」
 そういう意味じゃないと首を振る。
 誰かを傷つけたり、傷を癒したり、そんな魔力ではない。
 もっと身近で、個人的な。
 おれに対してだけ発揮される、おれを驚かせ、喜ばせるそれはやはり魔法だと思う。
「天気も良いですし、少し寄り道しませんか?」
 まるで心を読んだような提案。
「やっぱり魔法使いだな」
「あなた専用ですね」
 返された返事に、おれは確信を強めた。


(write:2010.07.22/up:2011.07.22)