趣味の理由
例えば、遠く離れた異国暮らしが長くなってきたところで、懐かしい日本食や日本の文化に触れた時に感じる気持ちっていうのかな。
おれは、毛足の長いラグの上に座り込んで、ほうっと息を吐いた。椅子に座る習慣の眞魔国では、なかなか地面に座る機会がない。そんなことしようものなら、行儀が悪いとヴォルフが怒るし。
普段は気にならないが、こうして座るとやはり落ち着くあたり、自分は日本人だということを思い出す。
「座布団はありませんが、クッションをどうぞ」
「ありがと」
一度座ると、立ち上がるのが億劫になるぐらい柔らかなソファも、もちろん嫌いじゃない。むしろ、おれの部屋に置いてあるソファなんて、目玉が飛び出そうな値段がしそうで、嫌いだなんて言ったらバチが当たる。でも、日本人としてはやなり床に座るのが一番落ち着くんだよな。
コンラッドは、ヴォルフみたいに行儀が悪いと怒るようなことはしない。むしろ、おれがくつろぐことを何よりも望んでくれているので、好意に甘えてクッションを抱き込み、寝ころんだ。畳とは違い床は硬いが、ラグが柔らかく背中を痛めるほどじゃない。
そのまま、いつもと違う視点から見慣れたはずの部屋を見回し、小さく唸った。
「どうしたんですか、ユーリ」
「うーん」
「なにか気になることでも?」
なんだか少し違和感?
別に嫌な感じがするわけじゃないけど、何かが以前と少し違う気がする。
例えるなら、そっくりな二枚の写真を並べて、間違いを探すクイズみたいな……。
「なんか、前とちょっと違う気がして」
「ああ、気づきました?」
「どこだろうと思ったんだけど、どこかまでは分からなくてさ」
言いながらも視線をさまよわせるが、比較対照がおれの曖昧な記憶なせいか、どうもよく分からない。
「うーん、テーブルの位置が変わった?」
「テーブルの位置を変えたのは先週ですよ」
「あれ? じゃあ、ソファのカバー?」
「それは、三日前」
三日前と言われて思い出すのは、前回そのソファに座った時のこと。気づいたらソファの上で転がされていた。せめてベッドでという希望は叶わずに、狭い場所から落ちないように必死にしがみついて……。
「……」
「どうしました?」
ついリアルに思い出してしまい、自覚ができるほどに熱を持った頬をクッションで半分隠したのに、明らかに同じことを思い出しているだろうコンラッドが、わざわざ隣に膝をついて覗き込んでくる。
笑い方がやらしーぞ、あんた。
「なんでそんなに変えるわけ? コンラッドって意外と模様替えとか好き?」
家ではよくお袋が季節ごとに模様替えをしたがるけれど、どう考えてもお袋とコンラッドの共通点が思いつかない。まさかなと思いながら聞いてみたら、案の定、コンラッドは首を左右へと振ってみせた。
「好きとかきらいとか、別にそういうわけではないんですけどね。ただ……」
「ただ?」
「ユーリが過ごしやすいようにと思って、あちこち変えたりはするかな。たとえば、このラグとか。ユーリは、床に座るのも好きでしょう?」
そういわれて思い返してみれば、最初に訪れた時にはこんなものはなかった気がする。
確か、畳が恋しい、なんて言った気も。
「……好きだけど、なんつーか、その……」
何かを期待して口にしたわけではなかったし、居心地が良いのは、単純にコンラッドの部屋だからだと思っていた。
もともと物が少ない落ち着いた印象の部屋だったけれど、よくよく見てみればさりげなく増えたものがある。例えば、おれが使うクッションだとか、おれが使うカップだとか。
「ありがとう」
考えていた以上に大切にされている事実が気恥ずかしくて、今度こそ完全に顔を隠すためにクッションを抱き込んだ。
「どういたしまして」
どうしてだか、声が近い。手を取られ、司会を遮っていたクッションが横に落ちると、想像よりも近くにコンラッドの顔があって、驚く。
「それにラグならば、背中も痛くないでしょう? ソファも洗いやすいカバーなら、あなたが汚れるからと気にしなくてもいい」
「あんた……」
にっこり笑って何を言い出すかと思えば。さっきの感動を返せ。
けれど、おれの苦情はコンラッドの唇に吸い取られ、そのままラグのありがたみを身を持って知ることになった。
(write:2011.07.22/up:2012.07.22)