あそぶ
だるまさんだるまさん
にらめっこしましょ
わらうとだめよ
あっぷっぷ
子ども特有の高くやわらかい声にあわせて、ユーリもわらべうたを歌った。
わらべうたの終わりが勝負のはじまり。ルールは簡単、笑ったり声を出したり目を逸らした方が負け。単純明快な一発勝負。にらめっこは、ユーリが生まれ育った日本で昔から伝わる小さい子どものする遊びだ。
雨が続いて外に出られない日が続けば、室内でする遊びにも飽きてくる。カードゲームやお絵かき、読書にも飽きた愛娘に何か新しい遊びはないかと尋ねられたユーリは、しりとり、指相撲、かくれんぼと必死にネタを搾り出しては遊んでいたのだがどんどんネタが尽きてきて、最終的には幼子がするような遊びへとたどり着いた。
もう十歳になる娘とするには多少物足りないかと思わなくもないが、見たことも聞いたこともない初めて触れる異世界の遊びということもあって彼女の反応はなかなかによかった。
「だーるまさん、だーるまさん」
だるまさんって誰? おとこー? なんて可愛らしい質問に答えながら教えたわらべうたを二人で歌う。最後の「ぷ」と同時に表情を引き締めたユーリだったが、目の前にある愛娘の両頬が空気を含んでかわいらしく膨らむのを見た途端に、へにゃりと頬から力が抜け落ちた。
「グレタの勝ちー!」
経験者である優位性など関係なく、勝負は始まると同時についてしまった。むしろ、始まる前からついていたと言っても過言ではないかもしれない。目にいれても痛くないほどかわいい愛娘が相手なのだから、どうやったって笑顔になってしまうのは仕方ない。「ユーリ、よわーい」などという不名誉な指摘も甘んじて受けようではないか。
「あっさり負けおって、このへなちょこめ」
娘と楽しく過ごす時間の幸福を噛み締めていたユーリの顔が、水を差されてしかめられた。
「へなちょこゆーな。おまえだってグレタにあっさり負けたくせに」
少し前に、同じようにグレタのかわいらしさにメロメロにされていたくせにというユーリの指摘を気にした様子もなく、ヴォルフラムは偉そうに腕を組んで胸を張った。
「ふんっ、ボクはグレタには負けたが、おまえには勝ったぞ」
「それは、おまえが顔を近づけてくるからだろ。逃げるに決まってるって」
「どうして逃げる必要がある」
「逆に聞くけど、どうして顔を近づける必要があるんだよ!」
男から必要以上に顔を近づけられたら逃げるに決まっている。かわいい愛娘相手ならまだしも、男相手に鼻先がくっつきそうな距離というのはご遠慮願いたい。
勝負をする二人の顔の距離は最初から近い。けれど、一度勝負を始めてしまえば、それ以上は近づく必要がないはずなのに。ルールを勘違いしているらしいヴォルフラムに勝負の開始と同時にどんどん距離を詰められ、つい逃げ腰になったところを負けと判定されてしまった。当然、ユーリは納得できるはずがない。
自分の勝ちを主張するヴォルフラムと、負けを認めないユーリの言い合いは、第三者の笑い声に遮られた。
「笑うなよ、コンラッド」
「すみません、つい」
最初から部屋にいたくせに、保護者を決め込んで三人が遊ぶのを眺めているだけだったウェラー卿が笑っていた。
「ったく、他人事だとおもって。あ、そうだ! あんたもやる?」
「俺が、ですか?」
「そう。このままだとおれが最弱のレッテルを貼られそうだし」
口を挟まないだけで興味がないわけではないらしく、ユーリたちのやりとりをおもしろそうに見ていたのは感じていた。彼ならば、改めてルールを説明する必要もない。
「コンラッドもやろーよ。ユーリの次はグレタと勝負ね」
ユーリの誘いにもったいぶってどうしようかなという反応をしたコンラッドも、続くグレタの誘いには笑顔で頷いた。この場に、お姫様の意見にノーと言える者などいるはずがない。
「では、参加させてもらおうかな」
離れた位置にいたコンラッドが輪の中に加わった。ユーリの正面に立つと、視線を合わせるために少しだけ腰を屈める。
「ユーリ、がんばってー!」
「まかせとけ」
グレタよりも小さな頃から、何度も遊んだ経験がある。この国での第一人者として、何より愛娘の応援を受けて、負けられないユーリは気合を入れて背筋を伸ばした。
「んじゃ、いくぞ」
だーるまさん、だーるまさん。
ユーリが歌うのに合わせて、コンラッドが歌った。勝負の行方が気になるらしいグレタも、一緒に歌ってくれる。つい頬が緩みそうになるけれど、かっこいい父親としてはここでにやけるわけにはいかない。
歌の終わりと同時に、ユーリは気持ちと一緒に表情を引き締めた。
「……」
「……」
正直に言うと、爽やかが服を着て歩いているような男がどんな顔で勝負をするのかと少し楽しみでもあった。さすがに、彼が変顔をするところは想像できないものの、もしかしたら、ということもある。
けれど、ユーリのそんな淡い期待を裏切って、コンラッドは拍子抜けするほどいつもと何も変わりがなかった。
唇が今にもほころびそうだ。勝負を挑むというより、楽しんでいるようにも見える。そう感じたのは、彼の目が既に笑っていたせいかもしれない。まるで、何か面白いものでも見つけたようにも、ユーリの目の奥にある楽しげな秘密を探そうとしているようにも見える。
薄茶色の瞳の中の虹彩に散る小さな銀色の星が、いつもよりも近い。そのせいだろうか、いつもよりも彼の瞳がきらきらと輝いて見えた。
まるで吸い込まれそうだ。
呼吸を忘れて見入ったユーリは、息苦しさを感じて、つい目を逸らした。
「……っ」
床を見るなりほっとしたのか、ようやく呼吸を思い出すことができた。同時に、勝負中だったことも思い出したが、もう遅い。
「コンラッドの勝ち!」
「ああああああああああ、しまったー!」
お姫様のジャッジが下って最下位が決定すると同時に、ユーリは頭を抱えてしゃがみこんだ。
「へなちょこめ」
やっぱり弱いじゃないかとでも言いたげなヴォルフラムの冷ややかな声にまで、心を抉られる。
「ほら、ユーリ。立ってください」
すかさず差し出された手に引き上げられながら、ユーリは恨めしそうに勝者を見上げた。
「こんなはずじゃなかったのに。あんたはずるい」
勝って娘にかっこいいところを見せたかったのに。にらめっこぐらいでかっこいいことが証明できるかは定かではないが、ユーリにとってはその予定だったのだ。
モテ男のすごさを垣間見て、すっかり予定が狂ってしまった。彼にあんな風に見つめられたら、間違いなくご婦人がたはイチコロだ。ユーリ自身、うっかり動揺させられてしまった。免疫がない青少年には、いささかに刺激が強すぎる。
「ずるはしてませんよ」
そう言われてしまえばそうなのだけれど、ユーリは納得できずにもう一度「ずるい」と呟いた。
「もう、ホントにユーリってばよわーい」
グレタが楽しそうに笑う。コンラッドは、恨みがましい視線を向けるユーリとは対照的に、楽しげに微笑むばかりだ。
「なんだか納得いかない」
「では、もう一度やりますか?」
やる前から諦めるなんてポリシーに反する。グレタに負けるのはいい。グレタが一番かわいいのだから。だが、ヴォルフラムやコンラッドに負けるのは、くやしい。
けれど。
「……いい」
ユーリは諦めたように首を左右へと振った。
どうしてだか、彼にはまったく勝てる気がしなかった。
(write:2016.07.22/up:2017.07.01)