つかまえる
「コンラッド、これ行こうぜ!」
突然見当たらなくなった姿を探して城中を歩き回っていたコンラッドは、探し人が向こうから駆けてくるのを見つけて眉を上げた。
活動的な彼は目を離した途端に、突然どこかへと消えてしまう。まだ城の中でさえ迷子になる可能性があると自覚しているはずなのに、おかまいなしだ。そして、とんでもない行動力で予想外の場所に行ってしまったりするものだから、コンラッドの捜索範囲も自然と大きく広がった。
たとえ城の中でも一人で歩き回らないでくださいと常日頃からお願いしているのに、残念なことに彼にはコンラッドの切実さが伝わっていないようだった。
「どこに行っていたんですか、陛下」
「へーかってゆーな、名付け親」
あえて彼が嫌がる呼び方をしてみたものの、手の中にある紙を見せることに夢中になっているユーリには、まったくもって効果がなかった。ますますコンラッドの眉があがるが、他に夢中なものがある彼は気付いていない。
「んで、これだよ、これ。三日後、城下でお祭りがあるんだって!」
ずいっと顔におしつけんばかりに紙を掲げられ、コンラッドは文面に目を通した。
祭りといっても、国が運営するような大掛かりなものではなく、商工会が中心となった小さな催しのようだった。ちょっとした出し物や出店があると書いてある。執務続きで退屈していた彼には、よい気分転換に見えたのだろう。
「三日後ですか」
「そう。晴れるといいな」
既に行くことは決定事項となっていた。コンラッドがノーと言うなんてまったく思っていないユーリが、鼻歌でも歌いだしそうなほどはしゃいでいる。
「楽しみだな」
笑いかけてくるユーリへと、笑みを返しながらコンラッドは心の中でどうしてくれようかと考える。無自覚な主のためだと言い聞かせ、コンラッドは心を鬼にすることにした。
「これは没収です」
彼の手の中から、祭りのチラシを取り上げる。つい際限なく甘やかしたくなってしまう自身を自覚しているので、努めて厳しい顔をした。
「え? なんで?」
驚きでまんまるくなった黒い瞳に見上げられると、うっかり絆されてしまいそうになるけれど、そうはいかない。
「ひとりで歩き回らないでくださいって言いましたよね?」
「え、あ、うん」
そこで、ようやく彼は自分の失敗に気付いたようだった。
「さっきまでどこに行っていたんですか? まさか」
「ないない! さすがに城下には行ってない。ただ、ちょっと裏門のところで野菜を納品にきたおじさんにチラシをもらっただけで」
だからセーフだと訴えてくる彼に、誤魔化されるようなコンラッドではなかった。
「どうして裏門にいたんですか」
さすがに顔まで知られていないとしても、彼の姿を見たならば正体に気付かないはずがない。彼は唯一の双黒だ。気付かれなかったということは、姿を変えていたということで。
「あんたが見当たらないからさ、ちょっとひとりで探検でもしようかなって。でも、本当にすぐ戻ってくるつもりだったんだ。危ないところに行くつもりもなかったし」
彼にその気はなくとも、危険が向こうからやってこないとは限らない。さらに言えば、何かトラブルが起きた時に無鉄砲に彼が飛び出していかないとも限らない。
なんたって、コンラッドの大切な主は考えるより先に行動するタイプなのだ。そこが彼の美点でもあるけれど、時と場合によっては欠点にもなる。それをフォローするのがコンラッドの仕事なのに、目の前から消えられてどれほど慌てたことか。
「……」
「その、ごめん……」
どうやったら理解してもらえるだろうかと考える時間の長さを、怒りの深さと捉えたらしい。目に見えて肩を落とした様子に、つい絆されてしまいたくなってしまう。
「あんたと一緒に行ったら楽しいだろうなと思って、貰うなり引き返してきたんだ」
「戻ってきてくれてよかったよ」
さすがに城下に出られてしまっては、コンラッドひとりの捜索では追いつかない。大騒ぎになって、後で叱られるのは彼だ。
「反省していますか?」
「してるよ。次からは、ちゃんとコンラッドを見つけてから出かけることにする」
出かけない、という選択肢は彼の中にないらしい。王として問題があると指摘しそうな顔が何人か思い浮かんだが、あいにく、コンラッドはその数に入らない。
「じゃあ、午前中にさぼった分だけ、午後の執務をがんばりましょうか」
コンラッドは手の中のチラシを折りたたんで、胸のポケットに仕舞いこんだ。
彼の唇が「あ」の形に開いたけれど、反省はしているらしく、反論はなかった。しょんぼりしているのが分かったけれど、今は鬼なのだと、コンラッドは慰めたくなる自分に言い聞かせる。
うなだれながら執務室に戻っていく後姿に続きながら、怒るのも大変だなと、コンラッドは聞こえないように呟いた。
祭りは三日後。
それまでの期間は、彼に反省を促すのにちょうどいい長さだろう。コンラッドが、彼に厳しい顔をし続けるのも、その辺りが限界だ。
いつもより執務に励んでもらったら、ご褒美に出かければいい。がんばった分だけ、外出許可もとりやすいはずだ。
賑やかな城下を見て、おいしいものを食べたら彼も元気を出すだろう。それでまた、無茶をされてしまうのかもしれないけれど、その時はその時。自分がしっかり彼を見張っていればいい話なのだから。
(write:2016.07.22/up:2017.07.01)