diplomacy
珍しく自分でもよくわかるほどにイライラしていた。
何十年と外見が変わらないせいか、いつまでも子供として見られがちではあるけれど、いまでは新人魔王も卒業してそれなりに魔王業も板についたというのに。
久しぶりに役に立たないと判断されて、明るいうちから執務室を追い出された。叱られているわけではなく心配されているのだと分かるから、礼を言って素直にしたがう。
正直、そろそろ限界だ。
「どうされたんですか、陛下」
当たり前のように後ろをついてくる護衛が、声をかけてくる。その、あまりの白々しさに、イライラが増した。
「別に」
すべての元凶のくせに。
そっけない返事をどう感じたのか護衛はそれ以上何も言わず、だからおれは黙ってまっすぐに歩いた。
普段ならば、こういう時は中庭でキャッチボールか、落ち着ける護衛の部屋に行くのだけれど、今日はダメだ。正確には今日も、か。
夜に部屋を訪ねると追い返された。やんわりと、でも、きっぱりと。こんなことは初めてだ。
護衛の仕事はしっかりこなしているくせに、態度がどこかよそよそしい。おれが嫌いだと言っている丁寧すぎる敬語を使い、距離がいつもより少し遠い。それは多分、半歩か一歩か。その程度だから周りは気づかないのだろうけれど、おれにはよく分かる。後ろがすーすーするのだ。
「いい加減にしろよ」
広すぎるおれの部屋に戻って、扉を閉めるなり詰め寄った。
「なんのことですか?」
「あんた、おれを避けてるだろ」
少し首を傾げるようにして浮かべられる笑顔は人の良さそうなものだけど、それが表面だけだと疑うまでもない。それで騙せるなんて思われているなら、心外だ。
「避けてませんよ。こうして一緒にいるじゃないですか」
「本気で言ってるなら、護衛を変える」
おれの本気を感じ取ったのか、護衛の顔から表情が消えた。
「冗談なんかじゃないのは、分かるよな?」
おれはこんなつまらない嘘はつかない。
「あんたは、さりげなくしてるつもりかもしれないけど、バレバレなんだよ」
さっきの言葉は嘘ではないけれど、だからといって護衛を変えるつもりもない。護衛の言葉の方が嘘なのだから、その必要もない。
「あんたは、おれを子供扱いしすぎ」
距離をとれば、おれが動揺するとでも思った?
いつまでも子供だと思いこんでいる男に向かって微笑いかけてやる。
昔のおれだったら、きっとここで怒りのままに叫ぶか、寂しさにまかせて縋っていたのかもしれないけれど。
あれから、どれだけ経ったと思ってるんだ。
「コンラッド」
数日ぶりに口にするのは、護衛がおかしな行動をとるようになってから、意図して呼ぶことのなかった名前。
おれを、子供ではいられないようにした男は、おれの笑みを見て惚けたような顔をしていた。
それがおかしくて、もっとよく見たくて顔を近づけてみる。
いつまでも変わらないものなどないのだ。いい加減に、気付け。
無理に変えようとする必要などない。それどころか、もうずっと以前から。
想っていたし、想われていることも知っていた。だから、あえて口にする必要もないと思っていた。
そう感じていたのはどうやらおれだけだったらしい。
駆け引きじみたことをする必要もないだろう。たった一言で、すぐに片づくのだ。
「あんたが好きだよ」
聞きたかっただろう言葉を、ゆっくりと囁いてやった。
アロマさまより 「恋の駆け引き」
(2010.04.18)