fall in love
「あ、コンラッド先生!」
右手に買い物袋、左手にグレタの手を握っていたおれは、いきなり手を引かれて驚いた。
「うわっ、グレタ、あぶない」
転ばないように気をつけながら、駆け出すグレタについて、走り出す。その先で、見覚えのない姿が微笑んでいた。
遠目に見えた雰囲気からして好青年だったが、近づくほどにそれが確信へと変わっていく。
会話ができる距離まで近づくと、その好青年はおれたちを見たままで笑みを深めた。
「こんにちは、グレタ君。それから、君はユーリ君かな?」
「え、何でおれの名を?」
どこかで会ったっけ? と記憶を探り、すぐ思い出した。
すごくカッコいいの! と食卓でグレタが語る担任の先生の名前がコンラッドだ。あんまりにも嬉しそうに言うものだから、兄として勝手にライバル意識を持っていたのだけれど。
「グレタ君がよく話してくれます。自慢のお兄さんだって」
おれよりも頭一つ高い身長だというのに、相手の目を見て話そうと屈む姿勢に好感が持てた。たしかに、同性のおれから見ても、カッコいい。
先生というより、年の離れた兄と言ったほうがしっくりくるかもしれない。それぐらい、浮かぶ笑顔には親しみ以外が見つからない。
「兄妹で買い物ですか?」
「うん!」
「はい」
偉いね、と頭を撫でられて嬉しそうに笑うグレタを見て、おれまで楽しい気分になる。一緒に撫でられてしまった時には、ちょっと動揺したけど、嫌な感じはしなかった。くすぐったい。
「先生はどこかに行くの?」
「ギュンター先生に頼まれてね。今日は野球部の練習を代わりに見ていたんだよ」
「ユーリも野球好きなんだよね」
土曜だというのに先生も大変だなと、会話を聞いていたおれは、急に話題を振られて驚いた。
「あ、うん」
ね? と相槌を求めて見上げてくるグレタを、いつもなら見つめ返すのだけれど。今日は、目の前の先生から、どうしても視線を逸らすことが出来ない。
陽の光を受けて、不思議に輝く瞳に見つめられると、頭の中が真っ白になった。
「そうなんですか。では、部活でも野球を?」
「ううん。ユーリは草野球のチームのキャプテンなんだよ!」
人見知りどころか、小さい頃から誰にでも懐いて、知らない人についていってしまうんじゃないかと心配されたおれだったはずなのに。
今日はやけに緊張する。
言葉が出てこないおれをよそに、グレタがにこにこと会話を続けていた。
どうしたんだ、おれ。
いつしか二人の会話も耳に入ってこなくなり、おれは失礼だということにも気づかずに、先生の姿を見ていた。
「またね」
再会を約束するような言葉に、少しだけ胸が弾む。それは、週末が終わればまた学校で会うことになるグレタへの言葉だと分かっているはずなのに。
終始浮かべられていた笑顔は優しくて、ひどく心が乱れる。
先生の背中が見えなくなるまで二人で手を振って見送って。
「コンラッド先生、カッコいいでしょう?」
「そうだな」
グレタの言葉に、おれは思わず大きくうなずいてしまった。
おれはまだ知らない。
ぼんやりとしている間の、グレタと先生の会話を。
そして明日、草野球の練習場で再会することになることを。
あかすずめさまより 「小学校の先生次男」
(2010.07.12)