もう少しこのままで
「なんか修学旅行みたいだよな」
「修学旅行?」
「そそ。学校行事でさ、みんなで旅行に行くんだよ。んで、枕投げあったり、一緒に寝たり」
「それは楽しそうですね」
楽しい思い出なのだろう。にこにこ笑うユーリにつられて、笑みが零れた。
「さぁ、ユーリ。明日も早いですから、そろそろ寝てくださいね」
朝まででも話していたいけれど、それでは明日が辛いだろう。
「うん。ごめんな、狭くて」
「いいえ、あなたなら大歓迎ですよ」
眠れないんだと部屋にやってきたユーリにベッドを譲るつもりだったのだが。お互いに譲り合った末に一緒に眠ることになった。
よもや名付け親が、自分に対して不埒な感情を抱いているなどと露ほどにも思っていないだろう名付け子は、無邪気な様子で身を寄せてくる。
狭いベッドということもあり、肩が触れ合う距離。間近の顔。
頼られていることを喜ぶべきか、意識されていないことを嘆くべきか。
迷わずに自分を選んでくれたのだろうから、今夜のところは喜んでおくべきなのだろう。
複雑な思いを隠して笑みを浮かべ、ブランケットを肩まで引き上げてやると、ユーリはおとなしく目を閉じた。
「ありがと。おやすみ、コンラッド」
「おやすみなさい、ユーリ」
子供みたいだと擽ったそうに笑う彼が眠るまで、子守唄の代わりにリズムをつけてあやすように肩を叩き続けた。
顎を上向けて視線を逸らす。
ヘッドボードへと向けて大きく息を吐き出すことで、ようやく先ほどから身動き一つできずに強張っていた身体の緊張を解いた。
今の自分の眉間には、兄のように深い皺が刻まれているかもしれない。
ほどなくして眠りについたユーリは、無意識に心地良い体勢をとるべく擦り寄ってきた。腰を抱き寄せてしまったのは条件反射だったのだが、腕の中というポジションを気に入ったらしき彼は、そのままそこに落ち着いてしまった。
嬉しいけれど、これはちょっと…。
腕の中には名付け子などという言葉では表しきれない愛情を向けた相手がいる。
NASA仕込みの知識が「据え膳」という言葉を思い出させた。
呼吸をするたびに、ふんわりと洗髪剤に混ざり彼の香りが鼻を擽る。
触れたい。
気を抜けばこみ上げそうになる衝動を理性でなんとか押さえつける。
彼がここにいるのは、そう、地球が恋しいのだ。ホームシックで寂しくなったのかもしれない。外見は弟と変わらなくても、まだたった十六歳。こうやって一緒に眠っているのは自分が名付け親で、彼の生まれた地球を知っているからで。
不自然に視線を逸らしたままで、邪な感情を追い払うように、つらつらそんなことを考えた。
本当は、抱き寄せる腕を離して、こっそりとベッドから出てしまえばいいことにも気づいていた。朝、いつも通り彼より先に目覚めてしまえば、カウチで眠ったことにも気づかれない。
名付け親でいられないならば、臣下として一番正しい選択をするべきなのは明白なのに、身体を動かすことができない。
密着した身体から伝わる体温が、心地良かった。
「……まいったな」
口の中で小さく呟く。
相変わらず視線はヘッドボードへと向けたまま。先ほどから反らせた首筋に摺り寄せられる頬の柔らかな感触だとか、温もりを帯びた寝息が、冷静になろうとする思考の邪魔をする。
これ以上は…。
大きく息を吸い込み、目を閉じた。
そして、ゆっくりと腕を離す。それは確かに自分の腕のはずなのに、たったそれだけの動作がひどく難しかった。
なんとか腰から引き剥がした腕を、今度は彼の肩へ。既に密着しているのに、貪欲に隙間なく触れ合いたがる自分に苦い笑みを浮かべながら、先ほどよりも時間をかけてゆっくりと押して距離をとる。
離れていく温もりを寂しく思うのは自分だけではないのか、ユーリの指先が先ほどまで自分を抱きこんでいた胸元へと伸びて夜着を握り締めた。
彼はまだ夢の中で、それは寒かっただけの無意識の動きなのだろうけれど。
「まいったな」
間近の寝顔を覗き込む。
そこにあるのは、人の気などまったく知らぬ様子の健やかな寝顔だ。
どれだけ見つめても、夢の中。起きる気配などなく。
引き寄せられるように顔を近づけた。
「宿代、なんて言ったら怒られるかな」
躊躇うように呟いてから、そっと唇を触れ合わせた。
ほんの一瞬、すぐに離して空いた距離を埋めるように再び腕に抱きしめる。
ここまで、だ。
安心しきった寝顔が教えてくれる信頼をこれ以上裏切れないと言い聞かせた。
初恋でもあるまいに。
ままごとのような触れ合うだけのキスなのに。
片腕で彼を抱いたまま、火照る顔を手で覆う。
冷たい指先が心地いい。
無理やり目を閉じると、余計に腕の中の愛しい子供の温もりが感じられて、胸の苦しさと愛しさが増した気がした。
今夜は眠れそうになかった。
12222HIT:アロマさまより「眠っているユーリに翻弄されるコンラート」
(2009.10.10)