はじまり 2
夢を見た。
目が覚めるとそこは見慣れた天井で、ユーリは勢い良く上体を起こした。
「夢か…」
そして、自分が見た夢の中身を思い出し、頭を抱えた。
心拍数が高いのが、自分でもよくわかる。
自分はいたって普通の高校生だ。
成績も運動神経も顔も体系も…いや、身長は少し足りないかもしれないが…それでも平均的だと思う。
恋とか彼女にも憧れるし、いつか可愛い彼女が出来たらデートしたりキスしたり、なんて思わなくもない。
生憎と彼女ができそうな気配はまったくなく、マのつく自由業と野球に日々を忙殺されているのだが。
『ユーリ』
名前を呼ぶ声は優しいものだった。
そして、ゆっくりと触れ合う唇――――。
青少年には珍しくもない夢かもしれないのだが。
自分が昨夜見た夢を思い出し、ユーリは頭を抱えた。
「なんで、男なんだ…」
ため息が漏れる。
「起きてらしたんですね」
何時の間に現れたのか。
いつも通りに主を起こしに来た護衛コンラートの姿を確認して、ユーリは固まった。
「おはようございます、陛下」
「…あ、おはよ…」
いつもならば、陛下と呼ぶことを咎めてくるはずの主なのだが。いつもと違う反応に、コンラートは首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「あ、いや…ちょっと夢見が悪かっただけ」
「悪夢ですか?人に話すと、すっきりするかもしれませんよ」
心配そうに近づいてくる男はいつも頼りになるし、確かに恋愛経験も知識も豊富なのだろうが、今回ばかりは甘えられない。
まさか、あんたとキスする夢を見た、なんて言えるはずもない。
「あ、いや大した夢じゃないんだ、うん」
「そうですか…」
少し声のトーンが落ちた。
どうやら悲しませてしまったらしいと気づいて、ユーリは内心で焦りを覚える。
正直に話したらこの護衛はどんな反応を返すだろうか?
ベッドサイドへとやってきたコンラートは、そのまま縁へと腰を下ろした。僅かにベッドが軋んだ音をたてる。
「俺では力になれませんか?」
労わるように背中を撫でられ、二重の意味で罪悪感が募る。
名付け親に心配をかけるのも心苦しいし、意外と優しいコンラートのことだから、光栄ですね、なんて笑って流してくれるかもしれない。
そもそも自分は悩むのが苦手だ。
思い直したユーリは、口を開いた。
「あんたが夢に出てきたんだ」
言いにくいので声のトーンが落ちると、内緒話でもするようにコンラートの顔が近づいてくる。
見慣れているとはいえ、やはり整った顔が近くにあると心臓がドキマギしてしまうのが止められない。
落ち着け、渋谷有利…相手は男なのだ。
「俺が何か陛下に失礼でも?」
「キスを…」
笑っちゃうよなー、と笑って誤魔化しながらちらりとコンラートの顔を伺う。
同じように笑ってくれよ、というユーリの願いは届かず、傍らの男の反応は口元を覆いながら僅かに視線をそらすというものだった。
なんだろう、この反応は。
「あ、いや夢の話だからな。変な話してわりぃ」
気まずい。
「男同士とか気持ち悪いよな」
あははー、と更に笑って誤魔化してみるのだが、どうにも空気が和まない。
「それで、あなたは気持ち悪かったですか?」
ようやく返ってきたのは予想外のもので。
たとえ思考がノーマルだとしても、相手に対して気持ち悪いという言葉は悪かったかなと、今更にユーリは反省した。さすがに混乱していたとは言え、言っていい言葉ではないだろう。この場合、コンラートは被害者だ。
「あ、いや。別に気持ち悪いとかじゃないんだ。ただ、びっくりしちゃって」
「では気持ちよかった?」
何故そうなる。
「嫌じゃないということは、好意を持っているということですよ」
「コンラートさん…?」
えーっと…。
ついていけないユーリの両肩へと、コンラートが手を置く。どこかの夢でみたようなシチュエーションだ。
「夢っていうのは深層心理の表れらしいですよ」
「え、えーっと…」
何をおっしゃっているのか。
嬉しいですね、と聞こえてきたのは気のせいか。
「俺も陛下が好きですよ」
わざとなのか天然なのか。
晴れた空みたいな爽やかな笑顔、女の子ならイチコロだろう。
これは夢の続きだろうか。
そうか、いまでも自分は夢の中なのだ。
そうに違いない。
そうであってくれ。
何か言い返そうとした言葉は、近づいてきた唇に飲み込まれた。
夢で見たよりもリアルな感触はほんの一瞬のことだったのだけれど、ユーリの思考を停止させるのは威力十分だったようで。
「お試しでお付き合いしてみましょうか」
ぼやけそうなほどの至近距離。
いつもより爽やかさが幾分増した気のする笑顔でコンラートに、ユーリは返す言葉が見つからなかった。
(2009.07.22)