キス
「ユーリ」
名前を呼ばれる。
耳に心地よい低音。
いつもは「陛下」って呼んで、俺に怒られるくせに、コンラッドは時々こうやって当然のように自分から名前を呼ぶ。
いつもそうやって名前で呼べば、俺がいちいち訂正する必要もないのに。
「ん…」
それが、キスをする時の合図だと気づいたのはつい最近だ。
見上げると、優しい表情のコンラッドが自分を見下ろしているのに気づき、ユーリはそっと目を伏せた。
頭ひとつ分の身長差を埋めるために、彼が少し屈むようにして唇を触れ合わせる。
何度となく繰り返しても相変わらず慣れない自分は、息をするのも忘れて硬く目を閉じるばかりだ。
唇やわらけーな、息ってどうしたらいいんだろ…色々な思考が頭を巡る。息を止めていたせいで息苦しさも合間ってだんだんと眉間に皺がよる。
「ユーリ。息をしないと苦しいでしょう」
笑いやがったな、コイツ。
頭では分かるのだが、恋愛初心者には難しいのだ。
唇が離れた隙に、空気を求めて口を開いたら、またすぐにキスが降ってきた。
「んん…っ…」
開いていた唇の合間から生温かいものが口腔内へと入ってくる。
コンラッドの舌だ。
歯列をなぞる。
やっぱりどう返したらいいのかわかんねーし。
相変わらず固まっている俺なんてお構い無しで舌を絡めとられる。
「…っ、ふ…」
濡れた音とか、漏れる声とか、何よりも気持ちいいと思ってしまう自分が恥ずかしくて、逃げ出したい。
もういいだろう、と喋れない代わりに肩を押すことで示そうとするが、腰にしっかりと回された腕はびくりともしないし。
あークソ、絶対もっと鍛えて突き飛ばしてやる。
ようやく解放された時には、酸欠+αでへろへろなのが我ながら情けない。
「ユーリ、大丈夫ですか?」
「……」
大丈夫じゃなくしたのはあんただろ。
言葉上では心配してくれているが、楽しそうな雰囲気が隠しきれていないのもまた腹が立つ。
「ユーリ」
「あんだよ…」
「呼んだだけです」
子供かよ!
お付き合いとやらをはじめてから、振り回されっぱなしの気がするのだが…。
一度本気で殴ってやろうかと見上げたら、とても嬉しそうな顔してるコンラッドと目が合った。
例えるなら大型犬。きっと尻尾はちきれんばかりに振ってるやつ。
「あんた、バカだろ」
「はい」
名前を呼ぶ声が好きだ。
男同士でなんて、と思わなくもないけれど、キスが気持ちいい。
なにより、嬉しそうなこの男を見るのも悪くない。
殴ろうと思って振り上げた手をそのまま下ろすのも悔しいので、せめてコンラッドの髪を盛大にかき混ぜてから降ろすことにした。
(2009.07.22)