帰還 −2.ギーゼラ−
「手当てをしましょう」
去っていくヴォルフラムの背を見送りるコンラートへと、彼女はそっと声をかけた。
「ギーゼラか」
「えぇ、お久しぶりです」
「いや、こんなもの冷やしておけば…」
「遠慮なさることはありませんわ、ウェラー卿」
力なく笑うコンラートに遠慮はいらないと首を振ると、彼女は有無を言わせず腕をとった。
清潔感を感じさせる白を基調とした医務室は、消毒薬の匂いがした。
「派手にやられましたね」
「…自業自得だからな、仕方が無い」
幸い歯が欠けるといったこともなく、口内は無事だ。
戦場での怪我に比べれば大したことなどない。
「えぇ、私もそう思いますわ」
言いながら彼女は、コンラートの口端へと消毒液を染み込ませた綿を押し付ける。
ぐりぐり、ぐりぐり。
「い…っ、ギーゼラ…?」
「貴方の怪我よりも、殴ったヴォルフラム閣下のほうが心配です」
ぐりぐり、ぐりぐり。
痛みに眉根を寄せるコンラートを見て、ようやく満足したのか彼女は手を離した。
「ヴォルフラム閣下が殴らなかったら、私が殴っていました」
彼女だけではない。あの場にいた者全てが同じ気持ちであっただろう。
「どんな理由だったかなんて、どうでもいいんです」
厳しい断罪の言葉を耳に、コンラートは目を伏せた。
理由はあった。
けれど、行動を起こすことを選んだのは自分自身だ。
自分の意思で、傷つけた。
「陛下が…」
ぽつり。
彼女から、先ほどの強い口調は消えていた。
「陛下が、笑うんです。私たちに心配をかけないように。いつも通りに」
安易に想像がつく。
彼は王だ。王とは頂点に立つ存在であり、その在り方が回りに影響を与えることを、彼は無意識に知っている。
「厨房の者が、食が細くなったと言っていました。あまり夜眠れないと、相談にいらっしゃったこともありました」
不在の間の痛ましい様子、語る彼女の表情にも苦いものが浮かぶ。
「あなたがいないと、陛下が心から笑えないんです。陛下だけじゃない。貴方を心配し、心を痛めた者がいたんです。コンラート・ウェラー。貴方はそれを忘れてはいけない」
彼女の手が、腫れた頬を包んだ。
痛みが伝わったかのように自分まで痛そうな表情で、彼女が笑う。
「ひどい顔していては、陛下が心配しますから」
彼女の手が頬に触れた。頬が痛みとは違う温かな熱に包まれ、そしてすぐに消えた。
「ありがとう、ギーゼラ」
痛みが和らいだことに。
そして、彼女の優しさに。
(2009.08.07)