新婚さんだから


※2016/05/03発行の同人誌『ハッピーエンドのその先に』後日談



「今日はここから入ってきたらダメだからな」
 風呂から上がったばかりのコンラッドは、先に風呂を済ませてベッドに入っていたユーリの言葉に驚き、数回まばたきをした。
 広い魔王の部屋に似つかわしい広いベッドの上には、枕やらクッションやらが縦一列に並んでいた。ちょうどベッドを二分する位置だ。
 そして、片側にはユーリ。どうやら、彼がいる側が彼の陣地ということらしい。
 コンラッドの考えを肯定するように、ユーリは空いている方を指さして「あんたはこっち」と指示をした。
「何故ですか?」
 ひとまず指定された方のベッドに上がりながら尋ねてみるコンラッドは、返事のかわりに向けられた恨めしそうな視線を受けて首を傾げた。
 どうしてそんなことになったのか、さっぱり分からない。
 魔王の部屋であるここはもともとユーリの部屋だったが、結婚した今ではコンラッドの部屋でもある。
 結婚をしたのは、つい半月ほど前のこと。いまだ新婚ほやほやと言ってもさしつかえのない自分たちが、どうしてわざわざ離れて眠らなければいけないのかも分からない。
「だって」
 コンラッドの問いに、ユーリが視線をさまよわせた。言い難そうに、もごもごと唇を動かす様子がかわいいと、状況も忘れてつい頬が緩みそうになる。
「……さすがに毎日っていうのは、やりすぎだと思うんだ」
 ついうっかり枕の壁を越えてしまいそうになったコンラッドの手は、続いたユーリの言葉によってぴたりと止まった。
 やりすぎ。
 なにを、と問うほどコンラッドは野暮ではなかった。心当たりはたくさんある。けれど、納得できるかといえば話は別だ。
 毎日とユーリは言うけれど、本当に毎日していたわけではない。さすがに最後までするのは彼の負担になるからと、軽く触れるだけに留めることだってある。今朝だって、ロードワークに出かけられるぐらいに彼は元気だったはずだ。
 それ以前に、自分たちは新婚なわけで、誰に遠慮する必要もないと思うのだが。
「ユーリ」
「とにかく、ここから入ってきたらダメだからな!」
 色々と言いたいことがあったのだけれど、コンラッドが口を開くよりも先にユーリは声高に宣言し、布団の中に隠れてしまった。
 障害物は枕とクッションだけ。越えてしまうのは簡単だが、越えてしまったらきっと彼は怒るだろう。怒った顔もかわいいけれど、だからといって怒らせたいわけじゃない。けれど、せっかく二人で同じベッドにいるのに一人寝はしたくない。
 まるく盛り上がった布団を見つめて、コンラッドはどうしたものかと思案した。


 押し切ってしまったけれど、どうしよう、とユーリは布団の中で慌てていた。
 向こう側のコンラッドに、壁を越えてくる気配はない。だから、安心して寝てしまえばいいのだけれど、目を瞑ってもなかなか眠気はやってこず、しばらく眠れそうになかった。
 一緒に眠るのが当たり前になっているせいかどうも落ち着かない。隣にコンラッドがいるのだから、なおさらだ。
 かといって、啖呵をきってしまった手前、いまさら撤回することもできないし、したくないのだけれど。
 そもそもコンラッドが悪いのだ。
 少しだけ、なんて言いながら寝間着の中に手をいれてくるのは当たり前で、あちこち撫で回されるこちらの気持ちを考えもしない。
 確かに気持ちいいけれど、一方的にいいように高められてしまう状況というのは、その場ではよくても後でものすごくいたたまれなくなるのだ。でも、一緒に、なんてことになったら身体の負担はそれなりにあって翌朝元気でいられる自信がない。
 結婚するまで、コンラッドはもっと理性的な大人だと思っていたのだが、その認識は半月の間にすっかり崩れ去ってしまった。「新婚だから」を言い訳にした甘ったれのくっつきたがりで、けっこうエッチだ。
 それを許してしまうユーリ自身も、「新婚」という状況に浮かれているのかもしれないけれど。
「ユーリ」
 向こう側から呼びかけられて、びくっ、と肩を震わせてしまった。
 すっぽりと身体を隠しているのに、コンラッドの視線を感じる。眠っていないのなんて、バレバレだ。
「ねえ、ユーリ」
 もう一度呼びかけられて、ユーリは仕方なく布団の中から頭だけを出した。代わりのように、布団の端をぎゅうっと引いて、ますます自分の身体を巻きつける。
「なに」
 怒っているんだぞ、というポーズをどうにか繕いながらも、コンラッドの方を見れなかった。自分は、コンラッドに弱いという自覚がある。見てしまったら、負けてしまいそうで。
「こっちにおいで」
 甘さを含んだ声は、誘うようだ。
 越えてはいけないと言ったユーリの言葉を守ったコンラッドが言った。ユーリが許すまで、越えられない。だから、ユーリの方から来てくれと彼は言う。むちゃくちゃだ。
「やだ。だって、そっち行ったら、あんたやらしいことするだろ」
 行ったら、絶対に抱きしめられる。そのままお休みなさい、なんて展開になるはずがない。キスされて、気付いたら寝間着を脱がされて、なんて想像はユーリの自意識過剰ではない−−はずで。
「するよ」
「なっ」
 嘘でもしないと言ってくれたら、仕方ないなと折れることができたかもしれないのに、そんなユーリのずるさを見透かしたように、コンラッドはあっさりと肯定をした。
 驚きのあまりコンラッドを見て、ユーリは目を瞠った。
 銀の星を湛えた茶色の瞳がユーリを見ていた。笑みを浮かべて、おいで、と手を差し出している。
「するから、おいで」
 冗談になんてしてくれない。重ねられた言葉が、ユーリを追い詰めるようだった。
「ユーリに触りたい」
 新婚なんだから、とコンラッドは言う。結婚してから、何度も繰り返した言葉だ。
 新婚なんだから、くっつきたいのも触れたいのも当たり前。それは、コンラッドだけに限らずに、彼の誘いに嫌だというポーズをとりながらも、どこかうずうずしてしまうユーリに対しても同じことだと言わんばかりに。
 見つめた先には、銀の星がきらきらと輝いていた。
 こくり、と喉を鳴らしたユーリに向かって、コンラッドが両手を広げている。左側の手には、銀色の指輪。ユーリの指にあるのと同じ、結婚した証が嵌っていて。
「ユーリ」
 もう一度、呼ばれてしまったら抗えず、つい身体を起こしてしまった。
 ユーリの意思とは関係なく、ユーリの身体が枕の壁を越えていく。
「あんたはずるい」
 結局、コンラッドの希望通りになってしまった。
「すみません」
 抱きしめられた腕の中、ぽつりと漏らすユーリに対し、コンラッドが謝った。ぜんぜん悪びれた様子はなく、うれしそうに。両腕で抱いたユーリの背を撫でながら。髪にキスを落としながら。


(2016.05.07)