世界が終わるその時に


「なあ、コンラッド。あんたなら世界の最後の日に、何をして過ごす?」
 突拍子のない質問に目を丸くしたコンラッドは、手元の紙面から顔を上げると、ゆるく首を傾げながら傍らの名付け子を見た。
 夕食も風呂も終えた後、けれど眠るにはまだ早い時間。発売日当日に執筆者本人から譲り受けたという毒々しい表紙の本を抱えた彼が、コンラッドの部屋を訪ねてきたのは一時間も前のことだ。
『おれの部屋だと、いつヴォルフの邪魔が入るか分かんないし』
 気まずそうに足元を見ながら口にした彼は、自分が嘘をつく時に相手の目を見ることができない癖に気付いていない。
 巻を重ねても変わることなく「史上最怖」と付けられ続ける毒女シリーズのキャッチコピーに誇張はなく、小さな子供を恐怖のどん底に突き落とし続けていると評判だ。それは十歳児程度の言語能力を持つ彼にとっても例外ではなかったようで、コンラッドは緩く微笑んでソファの半分を提供したのだった。
「どうしたんです、急に」
「いや、この本の中でさ。世界が滅びそうになるんだ」
「それはまた、スケールが大きいですね」
 どうなっているのか毒女。なかなかにワールドワイドで見当がつかない。
「家族や恋人と過ごす人、おいしいものを腹いっぱい食べる人、ただ嘆き悲しむ人ーー色々いて、あんたならどうするかなと思ってさ」
 ちなみに読み途中の現在、赤い悪魔は世界の滅びを滅ぼす毒の開発中らしい。なるほど、実に彼女らしい。
「あなたなら、どうしますか?」
「質問に質問で返すなよな」
 問いを返されたことを咎めながらも、真剣に悩み始める様子にコンラッドは口元を緩めた。
 天井を見上げたり、首を傾げたり。様々なシミュレーションが行われているのかもしれない。ひとしきり悩んだ彼は、結局は答えが見つからなかったようで、もう一度コンラッドに冒頭の質問を繰り返すから、コンラッドは少しもったいぶってから一度目の質問で用意しておいた答えを口にした。
「俺はきっと、世界の終わりの最後の最後まで、世界を終わらせない方法を探して走り回っていると思いますよ」
「意外だ。でも、かっこいいな」
 彼の黒い瞳が、コンラッドを見上げて細められた。それがまぶしくて、コンラッドもまた、茶色の目を細めた。
「あんたなら、てっきり恋人と過ごすとか言うかと思ったのに。意外だ」
 驚きを隠さずに彼は言うが、コンラッドに言わせれば、それは意外でもなんでもない。
「恋人なんていませんからね」
 彼はコンラッドをかっこいいと褒めてくれるけれど、コンラッドが世界の終わりにも共にいたいと願う相手の方がよほどかっこいい。そして、それに本人だけが気付かない。
 彼はきっと世界の最後の最後まで諦めることなく走り回るはずだから、おのずとコンラッドの答えが決まるのだ。




(2016.12.31)