ゆめのはなし


 空気が揺らいだ気がして、目を覚ました。夏とはいえ窓は閉めて眠るように言われているので、きちんと窓は閉めたはずなのに。
 開いた窓から入ってきたぬるい風がカーテンを揺らす。自分以外いないはずの部屋の中、月灯りに浮かび上がった長身を見て、おれは寝ぼけていたはずの目を見開いた。
「コ……!」
 つい、出してしまいそうな大声を慌てて飲み込む。
 人差し指を唇に当てた彼が、ジェスチャーで合図をしてくるのに応えてうなずいた。
 今夜の城内はいつもより賑やかで、活動している人も多い。大騒ぎにならないとも限らない。
 慌ててベッドから起きあがり、床に足を下ろした。そのまま立ち上がろうとするおれを制した彼が近づいてくる。
 顔をあげた彼と、薄暗い中でも微かに表情が分かる距離で目があって、息を呑んだ。
 夢を見ているのだろうか。
 なんで、どうして。
「なんで?」
 それ以外の言葉が出てこなかった。まるで子供みたいに、口をあけたままぽかんと見つめるおれの目の前にやってきた彼が、膝をついた。
 まるで小さな子供にするように目線をあわせて、微笑みかけてくる表情がやさしくて、おれはこれが都合のいい夢なのだと理解した。
 だって、彼がここにいるはずがないのだ。
 それでもいいかなと思う。だって、彼に会いたかったのだ。夢の中ぐらい、好きにしたっていいじゃないか。
「花を見つけたんです」
 理由を問うおれに、彼がそう切り出した。
「花?」
「そう、あなたの好きな色の」
 まるで手品みたいに、彼の手の中から一輪の花が現れる。
「そうしたらあなたのことを思い出して、いてもたってもいられずに会いにきてしまいました」
 薄明かりの中でもわかる。きれいな青色のそれを、コンラッドがおれに差し出した。
 花なんて、おれにはぜんぜん似合わないのに。
「おれのこと、思い出してくれたんだ」
 願望がみせる夢だと分かっていても、うれしい、と呟くと彼が困ったように笑って、それから内緒話をするように、おれの耳元に唇を寄せてくる。
「いつでも思い出すよ。何をしていたって、あなたのことばかり考えてしまう」
「おれもだよ」
 そう告げると、彼はますます困った顔をして「帰りたくなくなる」と呟いた。
 帰らなければいい。ずっと傍にいてほしい。
 そんな我が儘を言ったと思う。夢の中だから、なんだって言える。いまだけは、彼は自分のものだと、散々に困らせるおれの我が儘を彼は空が白み始めるまでただ黙ってきいてくれていた。


「いつまで寝ているんだ」
 乱暴に布団を引っぺがされたけれど、目覚めはすごくすっきりしていた。
「……おはよう。おまえが早起きって珍しいな」
「ふん、今日は特別だからな。さっさと顔を洗って着替えろ。今日は忙しいぞ」
 せかされるままに起き上がる。なんだか、すごくいい夢を見たなとぼんやり思い返しながら、ベッドサイドのテーブルに手を伸ばす。
 指先の感覚でブルーの魔石を探すと、石以外のものも見つけて首をかしげた。
 なんだろうと顔を向けて、目を瞠る。視界に入ってきたのは、一輪挿しの花瓶と小さなカード。
「……あ」
 昨夜、寝る前にはなかった青い花に、心拍数が上がった。カードを捲る指先が緊張する。

『Happy Birthday』

 宛名も差出人もないけれど、確かめる必要なんてない。
 おれは泣きたいのか笑いたいのか決めかねる表情で、魔石とカードを胸に押し当てた。


(2017.07.29)