おにのかくらん


「こういうのを何て言うんだっけ? えーっと、鬼の……ガクラン?」
 腰を下ろした丸椅子をベッドに寄せながら、おれは首をかしげた。なにかが違う気がする。でも、わりといいセンはいっている気もする。
「……」
「あ、答えなくていいから! あんたは黙って寝ててくれ」
 ベッドの中の赤い顔と目が合って、おれは慌てて首を振った。こんな時でさえ律儀に口を開こうとする彼に待ったをかける。
 コンラッドが風邪を引いた。
 最初におれが感じた些細な違和感を、彼は気のせいですよと爽やか笑顔で否定した。実際に彼はいつも通りに振舞って、誰も彼の不調に気付かなかった。けれど、日々募る違和感は気のせいではなく、数日後にいきなりぶっ倒れることで気のせいではなかったと証明したのだ。
 あの時のギーゼラの怒りっぷりといたら、それはもうすごかった。大したことないと否定するコンラッドの発言は火に油で、その結果が今の状況だ。
 彼はいま、物理的にベッドに縛りつけられている。
「こうなると、イケメンも台無しだな」
「……」
「なに? 聞こえませーん」
 ぬるくなった額のタオルを取り替える。濡れて張り付く前髪を払ってやるために触れた額はやはり熱くて、なんでこんなになる前に、とギーゼラじゃなくても思ってしまう。
「……」
「ふふん、悔しかったら早く治すんだな」
 口を開くものの声を出せない彼に、おれは出来る限り意地悪く笑ってやった。
 この状況で彼が言いたいことなんてわかりきっている。どうせおれの心配だ。けれど、今の彼には出て行くようにと注意することも、実力行使で追い出すこともできないのだ。
 グウェンダルからもギーゼラからも看病の許可は貰っている。あまりいい顔はされなかったけれど、これが一番彼のクスリになるだろう、との判断だ。
 みんなが彼を心配していて、具合が悪いならなぜもっと早く言わないのかと怒っている。もちろん、おれもだ。
 突然倒れた彼を見て心臓が止まりそうだった。
「弱ってるあんたなんて、はじめてみたよ」
 見ただけで熱が高いと分かる。いつもより力のない瞳と、赤い顔。苦しげに吐息を漏らす彼は、おれにそんな姿見られたくないのはわかっているけれど、どうせ倒れるならおれの前でよかったとも思った。
 あまりしてやれることはないが、それでも傍にいることはできるから。
「早くよくなれよな」
「……」
「だーかーらー、無理にしゃべろうとしなくていいって。大丈夫、あんたの言いたいことはちゃーんと分かってるから」
 おれの特技のひとつだ。名付け親限定だけど。
 では何故はやく出ていかないのかと、彼が視線で訴えてくるから、おれは彼の額のタオルをわざと瞼の上にずらしてやった。
「いいから眠れよ、コンラッド。そしたら、すぐ治るから」
 もの言いたげな雰囲気の彼は、おれが聞く耳をもたないと悟るとふっと身体から力を抜いた。
 起きているだけでもつらいだろうに、無理しちゃってさ。
 苦しげな吐息が寝息にかわるのを見守りながら、おれはベッドの端に頬杖をついた。

 治って喋れるようになったら、きっと彼は改めて怒るだろう。感染したらどうするのかと。早ければ、明日にでも。
 お説教はできれば遠慮したいけれど、それぐらい元気になるということならば、それもいいかなとも思う。
 渋い顔をする彼は、彼の兄に似ているかもしれない。想像して小さく笑い、おれは彼の額のタオルを取り替えた。


(2017.08.17)