どこが好き?
「渋谷はさ、ウェラー卿のどこがいいわけ?」
「へっ?」
大賢者の単刀直入な問いに、魔王陛下は固まった。
そこは麗らかな午後のお茶の席。
いつもより時間が早いのは、魔王陛下の仕事の進みが良かったからではなく、言い出したのが突然やってきた大賢者様だったからだ。
魔王陛下と同じ高貴な黒を纏う彼の言葉に、逆らえる者などいるはずがない。これが魔王陛下の場合は、彼の持ち前の性格のせいか「仕事をしろ」と却下されてしまうこともなきにしもあらず、だが。
「隠さなくてもいいじゃないか。で、ウェラー卿のどこが気に入ったんだい?」
ふふふ、と怪しく笑う大賢者の眼鏡が光る。
はっきりと報告を受けたわけではない。だが、大賢者は何でもお見通しだ。
以前ならばちょくちょく眞王廟に遊びに来ていた魔王陛下が、最近では執務の合間に親友ではなく誰に時間を割いているか、とか。
大賢者と呼ばれても所詮は人の子。悟りを開いているわけでもなく。
つまり、気に入らないのだ。
「どこって言われても…」
素直な魔王陛下は隠すことも忘れている。
隣で甲斐甲斐しく給仕をしている男をちらりと見て顔を赤らめたりして、初々しいことこの上ない。
対して、「どこがいいんだこんな男」と遠まわしに言われている護衛の方は、貴い二人の会話を邪魔することなく涼しい顔のまま、せっせと魔王陛下の世話を焼いている。
さりげなく肩に置かれている手だとか、口端にクリームをつけた魔王陛下に指摘をしてやればいいものをわざわざ指で拭いあまつさえそれを舐めとる仕草だとか、「これ美味しいよ、コンラッドも食ってみろよ」なんて言葉に形だけの遠慮しかせず手ずから食べさせてもらう厚顔無恥さだとか。
実に、気に入らない。
「渋谷、僕は別に君たちのコトを反対してるわけじゃないんだよ」
大賢者はにっこりと笑った。
「ただね、君の口からちゃんと話をしてもらえないのが寂しいなぁ、なんて」
今度はわざとらしく視線を逸らして溜息を零してみせる。人のいい魔王陛下はころっと騙されてしまったらしく、目に見えて青ざめた。
大賢者はそんな素直な魔王陛下が大好きだ。
そして最初の問いに戻るわけで。
「えーっと……」
「……」
「……」
魔王陛下は親友のために、一生懸命考えた。
背後の護衛もさすがに気になるらしく、悩む姿を窺うように見ている。
大賢者はそんな二人の姿を眺めながら、優雅な仕草でティーカップを傾けた。
「…わかんねぇ」
たっぷり悩んだ魔王陛下の回答は、たった一言だった。
大賢者は「そっか」と一つ頷き、それ以上は追求せず。話題を地球で過ごす残りの夏休みのことへ切り替えた。
護衛は黙ったままだ。ほんの一瞬だけ固まったが、すぐにまたいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべた。
ただ、彼にしては珍しくお茶を継ぎ足す時に茶器が音を立てた。
目ざとい大賢者はそんな些細な様子も見逃すことはなく、少しだけ溜飲を下げたとか。
「いやぁ、坊ちゃんは相変わらず面白いですねぇ」
いつから見ていたのか。魔王陛下と護衛が去ったテーブルへ、お庭番が歩み寄る。
大賢者と言えども千里眼など持っていない。情報を集める手段が必要であり、親友の恋人の幼馴染というポジションの彼は何かと役立っていた。
「そうだねぇ。変なのに毒されて頭に花咲かせてたらどうしようかと思ったけど、相変わらずで安心したよ」
これがもし、ここが好き、なんて惚気だすようなことがあれば、大賢者はとても残念な気持ちになっていただろう。
「しっかし、わかんないのに恋人って、騙されてるみたいっすね」
「全く騙されてないとは言い切れないけど。渋谷は潔癖だからね、好意を持ってない相手と付き合ったりしないよ」
「分からない」というのは、簡単に言い表せないからだろう。残念なことに魔王陛下は難しい気持ちを言葉にするのが上手くない。ましてや恋愛ゴトに関しては全くの初心者だ。
それを教えてやるほど、大賢者は親切ではないが。
「へぇ。じゃあ愛し合ってるんですかね」
「かもね」
認めたくないが、大好きな親友が幸せそうなのだから、しょうがない。
「しょうがないから、ウェラー卿には責任をとって僕にいびられてもらおう」
可愛い親友の為に小姑になると決めたらしい大賢者を見て、お庭番はこっそりと幼馴染に同情した。
(2009.08.16)