requited love 〜Side.C〜


大事すぎて、大切にしたくて。
名付け親で護衛。
一緒にいるための大義名分を振りかざす。
けれど、逆にその大義名分に雁字搦めにされて、一歩が踏み出せない。
愛しています。
親が子供を想うようなものではなく。
臣下が主に向けるようなものでもなく。





「陛下、どうしたんですか」
「陛下って言うな、名付け親」
「すみません、ユーリ」
 遠慮がちなノックの音。
 扉の向こうに予想通りの人物を見つけて、俺は笑顔を作った。
 他愛のないやり取りはいつものこと。
 陛下と呼ぶのは癖ではなく自分を律するため。けれど、注意をされてすぐに名前を呼んでしまうのは、嬉しそうな彼の顔を見たいから。
「ヴォルフにベッドから蹴落とされた」
 仕方のない弟だ、と呆れ顔を作る。本当は、彼がここにくる理由になってくれることに感謝さえ憶えるのだが。
 眠れるようにほんの少し蜂蜜を落とした温かい紅茶を入れて、他愛のないおしゃべりをする。誰にも邪魔をされない二人になれる瞬間は、ひどく穏やかだ。
 深夜に部屋を訪ねることで相手に期待をさせているなんて、きっと彼は気づいていない。
 そして今夜も、邪気のない笑顔で、共に眠ろうと俺を試す。
「寒くないですか?」
「大丈夫」
 寒さを言い訳に、抱きしめる。腕の中にすっぽりと納まる愛しい人。
 間に置かれた彼の腕が、二人の距離を表しているだと思う。
 いつだったか、「好きだ」と言われた。感謝の言葉と共に伝えられた言葉に「俺も好きです」と答えた。
 彼が好意を持つように仕向けたのは自分だ。
 右も左も分からない世界での不安に付け入った。立場を利用し、常に頼れる存在として一番近くに在った。
 彼の人柄を知れば皆が彼を愛するだろうと、その前に誰も近づけぬぐらい一番近くへと身を置いた。
 一緒にいられればいいなんて思えていた自分が信じられないぐらい、どんどんと貪欲になっていく自分を必死で押し止める。
「やっぱり寒い」
 人の苦労など知らぬかのように、抱きついてくる身体。
 組み敷いたら怯えるだろうか。
 二度と太陽のような笑顔が見られないのだろうか。

 灯りが消えて、闇がおとずれた室内で。
 抱き合ったまま、腕の中の人が眠っていないことは知っていた。
 胸に埋められた黒い頭を見下ろすと、視線に気づいてか彼が顔を上げた。
 闇よりも暗い漆黒の瞳が、見たことのない感情を孕んで揺れていた。
「見る…な…」
「どうして?」
 掠れた声に、胸が一つ鳴る。
 問いかける声は、冷静さを装えているだろうか。
「コンラッドは…、俺のこと、好き?」
「好きですよ」
 考えるまでもない。
 好きなんて言葉では足りない。
 愛している。
 誰よりも。何よりも。
 けれど、どうして今それを訊くのですか。
「ユーリ?」
 涙は見えないけれど、泣いている気がした。
 まさか、と思う。
 確かめる前に、視界が塞がれた。

 なぜ…。
 問いかける言葉は、口に出せなかった。
 触れ合う柔らかな感触に、目を見開く。





 唇だと認識するより先に、震える小さな身体を強く抱きしめた。
 もう、隠しきれない…。


(2009.08.26)