Nostalgia 1
百年経っても、いまだに彼の行動は読めない。
「夢を見たんだ」
「はぁ」
唐突な恋人の言葉に、俺は間の抜けた返事を返した。
夜中に突然尋ねてきた恋人を部屋に招きいれたまでは良かった。
甘い雰囲気も、情熱的な夜も求めているわけではないようで。
ユーリが手にしていた小さな酒瓶を傾けて見せるので、椅子を勧めてグラスを二つ用意した。
禁煙は今も昔も変わらないが、禁酒はいつの頃からかなくなっている。
百年経つ間に身長もそれなりに伸び、そしてそれなりで止まった。そのことを彼なりに納得をしたのだろう。
最初の頃は少し呑むだけで顔を赤くしていたが、一国の王ともなれば付き合いで酒を口にする機会も多く、少しずつ慣れていった。
味が分かり、耐性がつけば、嗜好品を好まない人間は少ないだろう。こうして二人きりで酒を飲む機会も増えた。
こっそりと飲ませて赤くなる顔や、いつもより薄れた理性で甘えてくる様子を楽しんだ日々が懐かしくもあるが、こうした大人らしい付き合いも悪くはない。
「……ッド?」
呼び声に、我に返る。
目の前にはユーリ。
可愛らしいというより、美しいという形容詞の似合う彼は、どこか楽しそうに漆黒の瞳を輝かせていた。
「何を企んでいるんですか?」
「人聞きが悪いな」
百年は長い。
「せっかくコンラッドの為に用意してきたのに」
「それは、ありがとうございます」
差し出されたグラスとユーリを交互に眺める。
長年の付き合いにより培われた勘が警鐘を鳴らしていた。
そう、百年は長いのだ。
彼が成長したのは、外見だけではない。
「そんな風に笑うのは、好からぬ事を考えている時です」
どこで育て方を間違えたのか、と思う。
大賢者の入れ知恵か、それともわがままプーの弟や騒がしい王佐、気難しい宰相に揉まれてきたせいか、それとも見抜けなかっただけで本人の資質か、年々可愛らしさが消えている気がする。
これは決して俺のせいではないはずだ。
……多分。
「俺の酒が飲めないのか?」
「どこの酔っ払いですか」
いつまでもグラスを受け取らない俺に業を煮やしたのか、ユーリは差し出していたグラスを自ら煽った。
襟首を引っ張られ、唇がぶつかる。
「なにを…、……ん…っ…」
しまった。
意図を読み取り、唇を閉じようとする前に、舌先に侵入された。
甘い。
唾液と共に流し込まれる酒の味は酷く甘くて、思わず顔を顰めた。
「…呑んだな」
含みきれなかった分が口端から伝い落ちる。襟首を掴んでいた手が離れる際に、擽るようにそれを拭っていった。
彼はとても楽しそうに、そして艶やかに笑った。
そして話は冒頭に戻る。
「夢を見たんだ」
機嫌が良さそうに彼が話す。
「はぁ」
「昔の夢なんだけど。出会った頃のあんたって優しかったよなぁと」
俺は昔も今も変わらずにあなたに優しくしていませんか?
聞きたかったが、機嫌の良い彼の不興を買うこともないかと、ただ相槌をうつ。
「最近のあんた、生意気なんだもん」
二百歳近い男を捕まえて、生意気というのもどうかと思うが。
そっくりそのままの言葉をお返ししたい。
昔は可愛らしかった。
「それで、懐かしくなっちゃって。ちょっとアニシナさんに頼んでみたんだ」
何を。
聞く勇気はなかった。
先ほどから身体が熱いのは、アルコールのせいだと思いたい。
「効いてきたみたいだね」
「……なに…を……」
まさか恋人に薬を盛られる日が来るとは思いもしなかった。
ゆらりと身体が揺れる。
気分が悪い。
椅子に座っていることもできず、俺はテーブルへと突っ伏した。
遠ざかる意識の中で、グラスの割れる音が聞こえた。
(2009.09.11)