Nostalgia 2


 倒れこんだコンラッドを見て、俺はにんまりと笑った。
 アニシナさんの薬は時折悲劇を引き起こすけれど、今回ばかりは大丈夫。
 いつもの実験台のグウェンだけじゃ不安だったから、俺自身でも試したし。
 テーブルでうつ伏せのままにしておくのは忍びなくて、俺はコンラッドを引きずるようにしてベッドへと運んだ。
 一仕事終えてベッドの端に腰を下ろし、眠っているコンラッドの頬を指の背で撫でる。
「今のあんたも好きなんだけどね」
 肌の感触を楽しみながら、眠り姫へと囁いた。

「おはよう」
「……ん」
 目覚めた人の顔を覗き込む。
 最初は焦点の定まらなかった瞳が、だんだんと俺を認識していく。そして、先ほどのことを思い出したのか、半眼となって睨まれた。
 睨む視線から逃れるように身を引くと、コンラッドが追うように上体を起こす。
「まさか恋人に薬を盛られるとは思いませんでした。
「毒じゃないよ」
「当たり前です。悪い冗談はやめてください」
 視線が一層きつくなった。
 それでも、口元が釣り上がってしまうのを押さえきれないのは、今のコンラッドの姿のせいだ。
「ユーリ?」
 自分の状況に気づいていないコンラッドが、瞳の色を怒りから不審へと変えるから、俺は手鏡を差し出した。
 百聞は一見にしかず、だ。
「……なるほど」
「意外と冷静だね」
「怒ってますからね」
 静かに怒りを表現する時のコンラッドは危険だ。
 先ほどまで楽しい気持ちが一気に引っ込んだ。背中を冷たい汗が流れ落ちる。
「あ、いや、その。ちょっと懐かしくなっちゃって」
「懐かしければ、何をしてもいいと思ってるんです?」
「ごめん」
「別に謝らなくてもいいですよ。薬を盛られるぐらい大したことないですし」
 怒ってる。
「大人気ないぞ」
「今の姿は、あなたより若いですしね」
 ものすごく怒ってる。
 昔も時折こうして怒られた。
 仕出かした失敗も、悪戯も、大体においては笑って許してくれたけど、それでもやりすぎた時はこんな風に怒られた。
「悪かったよ」
「反省しました?」
「した」
 どうも若いコンラッドを前にしてしまうと、自分まで子供に戻ったような気分になっていけない。
「コンラッド」
「なんです?」
「ごめんな」
 さすがに無理やりはやりすぎたかと反省したのだが、窺い見たコンラッドの方は驚いたように目を見開いていたから、こっちまで驚いた。
「……なに?」
「いや、しおらしいんで、まだ何か企んでいるのかと」
「あんた最近、意地悪いぞ」
 ……俺ってどんなイメージなんですか。
 先ほどまでとは逆に、俺の機嫌が急降下だ。
 いや、悪いのは俺なんだけどね、さすがにこれは信用がなさすぎるっていうか。
「仕方ないですね、ほら」
 軽く肩を竦めて、両手を広げて見せられた。
「こうなってしまったものは仕方ないですし、短時間なんでしょう?」
「一晩だけ」
 浮かんでいるのは、キラキラな感じに柔らかい笑み。
 俺が何か仕出かした時にも「こうなると思った」って許してくれる時の笑顔だ。
 思わず見惚れて、頬が熱を持つ。
 昔の俺って、この笑顔にキュンとしてたんだよな。
「ユーリ」
 なかなか腕の中に堕ちてこない俺を促すように、甘い声が誘う。
 条件反射のように、俺は腕の中へと収まった。





「で、満足しました?」
 体格自体は、出会った頃も百年経った今もコンラッドは変わらない。
 腕の中に閉じ込められたまま、額を合わせるようにして問いかけられた。
 中年の艶とでもいうような色気ではない、健康的な美しさに胸が鳴る。
「んー、それなりに」
「何が不満なんですか」
 予想していた反応ではなかったんだろう、コンラッドの眉が上がった。
 夢で見たら実際に会いたくなった姿なのだが、どうも満足感が得られない理由を考えてみる。
 目の前にはコンラッド。
 確かに嬉しいんだけど。
「うーん。あんたを怒らせちゃったから、かな?」
 何をそんなに驚くことがあるのか。
 目を丸くしたコンラッドは、しばらく俺の顔をじっと見てから、やがて優しい顔でふわりと笑った。
「もう怒ってませんよ」
「…その顔、反則だ」
 ちょっとときめいたぞ。
「こういう俺が好きなんでしょう?」
「そういうあんた、も、好きなんだよ」
 百年前のあんただけじゃないのだと言外に含ませると、さらに笑みを深めるから火照る顔を隠すようにコンラッドの肩へと埋めた。


(2009.09.13)