accomplice
「久しぶりに来たなぁ。懲りないというか…」
執務室にて。
重要度により振り分け済みの魔王へと宛てられた様々な手紙や書類を片っ端から確認していたのだが。
お見合い写真…ではなく、お見合い肖像画(?)なるものを眺めながら、俺は笑った。
人間に友好的な姿勢を示す魔族の王。過去の不幸な歴史故に最初は恐れられ、たとえ書類の上で和平を結んでも安心できないのか、それとも取り入ろうという算段か、昔は縁談話が山のように来たものだった。
特に、不幸な事故によって生まれた婚約者との婚約関係を正式に解消した後の怒涛の求婚ラッシュは、執務に支障をきたすほど激しいもので、ついには国内外に「魔王を退位するまでは結婚しない」と宣言をしたほどだ。
宣言の甲斐あってか、それとも、人質のように姫を差し出さなくとも魔族は人間の国へ争いをしかけたりしないという認識が広まったからか、だんだんと縁談の数も収束していった。
「なかなかの美人じゃないですか」
「あー、そうねー」
すぐ後ろにコンラッドの気配。
覗きこんでいるのが分かり、俺は見やすい位置に掲げてやった。
肖像画なのでどこまで実物通りに描かれているのか分からないが、見る限り美人だ。
「俺はもう百歳超えてるっつーの。この子のおじいちゃんよりも年上なんだぜ。それってちょっと犯罪っぽいよな」
「それは遠まわしに、俺が犯罪者だと言っているのかな?」
「自覚はあるんだ」
問いかけに直接は答えずに笑うと、背後の気配が柔らかな笑みから苦笑へと変わるのが分かった。
「とりあえず、断るにしてもお返事しないとな」
羽ペンを片手に手紙を書いていく。以前の求婚者への書状とほぼおなじ文章になってしまうのはご愛嬌だ。
今でこそ識字率は一般レベルにまで達したが、識字率と文字の綺麗さは比例しないようで、流れるように優雅とは言いがたかった。
「おや、二通来ていたのですか?」
書類に半分埋もれたもう一枚の手紙と肖像画を見つけたらしいコンラッドが手を伸ばす。
「それはちょっと前に来たヤツだな。もう返事はしてあるよ」
「モテますね」
「あんたもな」
さほど長くはない手紙を書き終え、最後にサインを入れる。
顔を上げると、コンラッドはすぐに肖像画の美女に興味を無くしたようで元の位置へと戻した。
「美人だろ?」
「そうですね」
「興味ある?」
「生憎、もっと美しい人を知っているので。それに、あなたへの縁談でしょう?」
誰のこととは言わずに大きな手が肩へと触れた。顎を持ち上げるようにして上向くと、見下ろしてくるコンラッドと視線が合う。
「んー」
王佐も宰相もいないのをいいことに、そのまま唇が触れ合った。
場所を弁えて一瞬のことだったけど。
俺は上向いたまま、離れていくコンラッドを眺めた。
人間で言うところの壮年。俺がこの国へやってきたころの父親と大して変わらない外見年齢のはずなのに、相変わらず引き締まった身体や、柔らかさを内包しつつもきびきびとした物腰は老いを感じさせない。
年々格好良さと色気が増してるよな…と、いつまでも追いつけぬ事実に溜息を吐きたくなる。
「どうしたんです、疲れましたか?」
「いや、相変わらずあんたは色男だなと思って」
「いきなり何を言うかと思えば」
数度瞬いた後で、彼は小さく笑った。降りてきた手が髪を軽く撫でていく。
「あなたのほうがよっぽど美しいし、モテるのに」
分かってないなと今度こそ溜息をついて、俺は先ほどコンラッドが見ていた二つ目の肖像画を指差した。
「それ、あんたにだから」
「はい?」
一瞬だけ笑顔が固まったことに気をよくして、にやりと笑う。
「あんたにも俺と同じぐらい来てるんだぜ」
「ご冗談を。最近では母上からの縁談話でさえないというのに。そもそも、仮に俺宛だとして、何故陛下のところに来ているのですか」
「陛下って言うな」
じっと見上げたら、怒っていると思われたのか「すみません、つい癖で」などといつもの調子で謝られた。
憶えてないのだろうか。
「あんた昔、俺を理由に縁談断っただろ?」
「そんなこともありましたっけ?」
前魔王陛下の息子にして、現魔王陛下の信頼も厚い。人間の血が混じっていることが、かつて魔族の国では過ごしにくくさせたが、人間の国の者からしてみれば高ポイントだ。
魔王陛下に負けないぐらいの求婚の嵐に、俺の機嫌が急降下したのはもう何十年も昔のこと。
そして渦中のウェラー卿は「敬愛する主よりも先に結婚することなどできない」と全ての縁談を断った。今後来るものに関しても門前払いで。
退位するまで結婚はしない宣言をした魔王陛下と、魔王陛下より先に結婚しない宣言をした護衛。
ある意味似たもの主従か。
それでも諦めきれない者達が、まずは魔王陛下を味方につけようとこちらに手紙を寄越すようになったのだ。
「そういえば、そんなこともありましたね」
「他人事みたいに言いやがって」
「すみません、お手数をおかけしていたようで」
指差していた手をとられた。そのまま持ち上げられる。行方を追えば薄茶の瞳と目が合い、心臓が跳ねた。
ゆっくりと指先に口付ける仕草はやはり色男そのもの。格好いいとは思うのだが、他所の女性から見ても好感度が高いだろうことは明白であまり手放しにも喜べない。
「んま、あんたは俺のだからな」
信じていないわけではない。
ただ、信じているからといって、他人が自分の恋人に近づくのを笑顔で見ていられるかといえば、そんなことあるわけがない。
勝手に断ることへの罪悪感はあるけれど、譲れないのだから仕方がないと言い切るだけの厚顔さを長い歳月で身につけた。
モテる恋人をもつというのは、そういうことだ。
「そうそう、さっきの話、な」
これ以上されるがままになっていると執務に戻れなくなりそうで。
「あんたは犯罪者じゃないよ」
とられていた手を取り戻して羽ペンを再び握った。
もう後ろは見ない。
「だって、共犯者だろ?」
お互いの選んだ結果なのだから、それは一方的なものではない。
見なくても分かる背後のコンラッドの表情を思い浮かべ、俺は肩を揺らしながら新しい書類を手にとった。
(2009.09.16)