Jeder Tag


 夕食も入浴も終えた後、眠るまでが僅かに与えられた自由な時間だ。
 年中無休で二十四時間営業、代理などいない魔王業なので夜間に緊急で呼び出されることが無きにしも非ずだが、それでも基本的には肩の力を抜いて寛ぐことができる唯一の時間でもある。
 さほど長い髪でもないので放っておいてもすぐに乾くというのに、護衛はそれを良しとせずに時間をかけて丁寧に水気をふき取っていく。
 タオルの柔らかな感触よりも、甘やかされている事実がくすぐったくて首を竦めると、拭き終えた髪に唇が触れた。
「お茶でも入れましょうか?」
「いや、いいよ」
 自分はもうパジャマに着替えていつでも休めるというのに、相変わらず軍服を着たままで甲斐甲斐しく世話を焼く護衛を、俺は嬉しさ半分、申し訳なさ半分で眺めた。
「どうしました?」
「あんた、休む暇がないなと思って」
 朝起こしにくる時点できっちりと身なりを整えている。自分よりかなり早く起きているということは明白で、夜も自分が眠った後で彼はようやく自分の時間が持てるのだろう。
「そんなことありませんよ」
 いつも通りの穏やかな笑みで否定されても、素直に納得ができるはずはなく。
 さらに見つめれば、彼は笑みのまま表情を少し困ったようなものへと変化させながら、俺をカウチへと促した。
 隣に座るのかと思いきや、まだやることがあるのか踵を返すので慌てて服の裾を掴んだ。
 掴んでしまった後で子供のようなその仕草に気恥ずかしくなり、彼が振り向くと同時に慌てて手を離す。照れ隠しに一人分空いた隣を少し乱暴に叩くと、彼は笑みを深めながらゆったりとそこへ腰を下ろした。
「ちょっとは休憩しろよな」
「はぁ」
 ようやく腰を落ち着けたというのに、寒くないかと尋ねてきたり、人の頭を撫でたりと相変わらずだ。
「いっそ、さっさと寝るべきか」
 自分がいる限り、彼は落ち着かないのかもしれない。
 先ほど立ち上がったのはひざ掛けを用意するためだったらしい。代わりにと自分が着ていた軍服の上着を脱いで肩へとかけられた。
 もうここまで来ると護衛だからなんて一言で片付くレベルではないだろう。
「もう寝てしまうのですか?どこか体調が悪かったりします?」
 まだ眠るには些か早い時間のせいか、薄茶の瞳が心配の色を含んで翳る。両肩に手を置かれたと思うと、額がこつりと合わさった。間近の瞳に覗き込まれて、胸が一つ鳴る。
「ちがうって。俺は元気だから」
 ではどうして?と問いかけるように向けられた視線が、俺の回答を待たずして勝手に答えを見つけたようで立ち上がろうとする。
 どうしてこうなるのか、俺は慌てて再び彼を引き戻した。
「えーっと」
「はい」
 なんと言えば伝わるだろうか。
 何かをしてもらうことはすごく嬉しい。ただ与えられるばかりという事実が少し困るのだ。
 自分は何も返せない。
「なんつーか」
 いつも面倒ではないかとか、少しは一人になりたかったりしないのかとか。
 疑問と不安をどのように伝えればいいのか。

 考えて、考えて。
 考えて、考えて。





「いつも、ありがとう」

 結局行き着いた先の言葉は、ひとこと。
「どういたしまして」
 とたんに嬉しそうな、蕩けるような笑顔を見せられて、何故自分ばかりがこんなに恥ずかしい気持ちになるのか。
 再び隣に腰を下ろした護衛にこれまた再び頭を撫でられ、気づけば引き倒されて彼の膝へと頭を乗せることとなった。
 はらりと肩から落ちた彼の服を気にする思考は、見下ろしてくる薄茶の瞳に引き込まれてすぐに霧散した。  瞳の中の星はどこまでも優しく煌いている。
 更に増した羞恥心に目を閉じると、唇に柔らかな感触を感じた。


(2009.09.18)