Discipline 1
「グウェンに説教された」
「おや、どうして?」
自室で就寝前の読書を楽しんでいたユーリは、誇りっぽい旅装のままやってきたコンラートへと半眼を向けた。
本来ならばまだ視察の岐路のはずだが、またノーカンティや部下に無理を強いて日程を繰り上げたのだろう、別段珍しいことでもない。
「あんたのせいだ」
肩を竦めて笑う仕草から、分かっていたのだろうことが窺えて、ユーリの目が更に細められた。
けれど、そんな恋人の不機嫌など気にした様子も無くコンラートは本を取り上げると、肘掛に両手をついて腕の中に閉じ込めた。見下ろす顔は満面の笑顔だ。
「おかえりと言ってくださらないんですか?」
「おかえり」
「ただいま戻りました、ユーリ」
満面だと思われた笑顔を更に蕩けそうなものに変えられてしまえば、ユーリはもう不機嫌を持続できない。
我ながら甘いなと思う。だからこそ、宰相殿に説教をもらうことになったのだが。
たった一週間。
地方視察の任をコンラートは嫌がった。
魔王の護衛である自分が一週間も傍を離れることなどできない、などと尤もらしいことを言ってはいたが、単純に我侭だ。護衛の兵士は他にもいる。
機嫌が悪くなるだろうことは予想していたので視察の任についてギリギリまで本人に伝えなかったことも、裏目に出たらしい。伝えてから実際に出かけるまでの数日間、コンラートを取り巻く環境はブリザードだった。
わがままプーもびっくりだ。
いや、年々我侭さも鳴りを潜めて今では立派に務めを果たしている三男閣下からすれば、一緒にされることは心外だろう。
使える人材を使わないのは勿体無い。それは宰相も魔王も同意見で、魔王自身は視察官の任命状にあっさりサインをしたというのに、だ。
弟とはいえ、いや、弟だからこその目に余る我侭っぷりが我慢ならなかったのだろう宰相殿の苦言を貰ったのは、何故か魔王陛下だった。
『おまえが甘やかすからだ』
本人に言えよと思わなくもないが、本人に言ったところで効果などないことは明白だからこそ自分に言われているのだと思い至り。
少しどころじゃなく自覚があるので、スミマセン、と返すしかないユーリだった。
出会った頃のコンラートならば、任務だと言われれば内心はどうであれ大人しく出かけていっただろう。やはり今回のように多少は予定を繰り上げたかもしれないが、少なくとも埃っぽい格好のままで現われたりしなかったはずだ。
いつからこんな風になったのだろうかと考えてみるが、分からない。
ただ、百年という長い歳月の中で、少しずつコンラートの中の何かが変化していったのだろう。
「考え事ですか?」
「我侭なペットの躾け方について少し」
「いい案は思いつきました?」
「まだ考え中」
何が愉しいのか、笑みを零しながら髪に額に目元にとコンラートが口付けを落とす。頬を経て唇に柔らかな感触を感じて、ユーリは考えることを放棄した。
風呂に入って来いと言えば、一緒に連れ込まれてしまいそうで。
何も言わなければ、この狭い場所で始められてしまうだろう。
「ベッドがいい」
「御意」
抱き上げられながら、コンラートの首に腕を回す。
我ながら甘いと、ユーリは小さく溜息をついた。
(2009.10.27)