Anniversary
「おつかれさま」
一日の仕事を終えて、立ち上がった。遠慮をする必要などないと思うのはされる側だけで、こうしてユーリが立ち上がらなければ執務室にいる他の誰も仕事を終えない。
王としての自覚や責任なんてものは、まだぼんやりとしか見えないが、身近な家臣達の気遣いに気づけば自然と仕事に取り組む姿勢も真摯なものになった。
だらだらしていては周りが迷惑をする。
「…あ」
部屋を出る直前、壁にかけられたカレンダーの日付を見て、小さな呟きが漏れた。
「どうしました、陛下」
「なんでもないよ。あと、今のは許すけど、この部屋を一歩でも出た後でまた陛下って呼んだら今日はもう口利かないからな」
じろりと後ろをついてくる男を睨んだユーリは、そのまま執務室の重厚な扉をくぐった。
「すみません、ユーリ」
次いで、部屋から出てきた護衛が謝罪を口にする。
扉一枚。
部屋を出てしまえば、今日の執務は終わりだ。王であることを完全にやめることは出来ないが、それでも私人としての時間が持てる。
「今日はあんたの部屋に行きたい」
「どうしたんです? 嬉しいですね」
いつもは誘われる側のユーリの発言に、護衛から恋人の顔になった男が微笑った。
「楽しそうだな」
いつも以上に機嫌の良い男を見下ろして、ユーリは表情を和らげた。
部屋に着くなり、くつろげるようにとユーリの上着を脱がせた男は、自らカウチへと腰をおろしてユーリの身体を引き寄せた。されるがまま横抱きのように膝上へと座らされるという恥ずかしい体勢に思わず引けかけた腰は、きつくない程度にしっかりと抱き込まれて逃げ場を失った。
「あなたと一緒ですからね」
「それはいつもだろ。なんか、いつもより楽しそうだ」
身体を重ねるようになった。触れあうことに以前より抵抗がなくなった。それでも感じる照れを隠すように、間近の首筋へと顔を埋めたユーリは、
「一年ですしね」
ぽつりと漏れた呟きを聞きとめて、すぐに顔を上げることになった。
「覚えてたのか」
「忘れるわけないでしょう。ユーリこそ、覚えていてくれたんですか?」
別に数えていたわけじゃない。ついさっきまで忘れていたのだ。あえて水を差すこともないかと黙ったユーリだったが、表情から察したのだろうコンラッドは怒ることなく楽しげに笑った。
一年前の今日、曖昧で心地よかった関係に名前を付けた。
「悪かったな」
「悪くないですよ。現にあなたは俺が言う前に気づいた」
「なんか、思い出したんだよ」
思い出したのは、ユーリにとっても特別な日だったからなのだろう。
「あっという間だったな」
「過ぎてしまえばそうですね。でも、どれも大切な日々です」
「そうだな」
一緒に過ごした日も、離れて過ごした日も。
嬉しかった記憶も、悲しかった記憶も、すべてかけがえがない。
「来年も一緒に」
「はい。一年ずつ、重ねていきましょう」
ただ無為に過ごしてきたわけではない。確実に縮まった距離を感じれば、自然と互いの唇が触れ合った。
(2010.07.22)