HappyBirthday


 第二十七代目魔王陛下の降誕祭。
 首都だけではなく国中が祝賀ムードに沸くそれは、一年のうちで一番大きな祭りだ。
 国内外の使者を招いての式典に始まり、国民への顔見せ、パーティーと夜遅くまで続く。
 そのすべての催しが終わる頃には、誕生日という日も終わろうとしていた。

 ようやく重いマントと王冠を外すことを許されたユーリは、一日中浮かべた笑顔によってひきつり気味となった頬を軽く叩いた。
「お疲れさまでした」
「あんたもお疲れさん。一日中警護ってのも、大変だったろ」
「一日中あなたのお側にいられたんですから、そんなことありませんよ」
 恙無く一日が終了したとはいえ、ただ祝いの言葉に礼を言って回るだけの主と、周辺に常に気を配り続ける護衛とでは負担もだいぶ違うだろうに。朝と変わらぬ笑みを浮かべるコンラートを呆れ半分に見たユーリは、ふと思い出したように姿勢を正した。
「失敗したな」
「何がですか?」
「あんたの誕生日」
 同じ日を誕生日にしてしまう。強引ではあるが、いつだかのお庭番の提案がとても魅力的に見えたのだ。
 同じにするんじゃなかったと、ぼやく主の言葉の真意をはかるように緩く首を傾げたコンラートは、それでも手を止めることなく手際よくマントと王冠を片付けた。
「どうしてですか?」
「あんたの誕生日、祝えないまま終わっちまう」
 降誕祭の主役は魔王であるユーリだが、ただ何もせずに当日に祝われればいいというものでもない。通常の執務に加えて準備にも追われ、忙しい日々を過ごしてきた。
「別に俺は…」
「おればっかり祝ってもらってさ。確かに祝ってもらうのはすごく嬉しいし、こんなこと思うのバチ当たりなんだろうけど」
「その気持ちだけで、十分ですよ」
 誕生日というのは個人的な日だが、一国の王ともなれば話は別だ。祝いなどいらないと言ったところで、そう簡単に聞き入れられるものでもない。国民達にとっては、もはやお祭に近いのだろう。楽しみにしている行事を無理に奪うこともできないと、ユーリ自身が王の仕事として捉えている部分もある。
「あんたが良くてもおれが嫌なの。おれが祝いたいんだよ。あんた、なんでもおれ優先で自分のことどうでもよさそうだし」
 日付が変わると同時に、おめでとうと告げあった。けれど、翌日に待ちかまえる催事を思えば夜更かしなど出来るはずもなく。促されるままにベッドへと入り、準備期間の疲れも相俟って、優しく髪を梳く手に促されるままに目を閉じるとすぐに眠りがおとずれた。
「自分よりあなたのことを祝う方が楽しいですしね。それに、誰もが忘れたとしても、あなただけは覚えていてくださるでしょう?」」
「まぁ、そうだけどさ」
 忘れるわけがないと頷くユーリに、コンラートはそれだけで満足だと柔らかく笑った。
 一言でいいのだ。大切な人から与えられる言葉には、それだけの重みがある。
「だから、このままでいいんですよ。誕生日があなたと一緒というのも嬉しいものです」
「うーん」
 それでも納得できないユーリの表情を見れば、コンラートの笑みが更に深まった。納得できないのは、それだけ想われているということだ。
 そっとポケットに左手を忍ばせたコンラートは、空いた右手で恭しくユーリの手を取った。今、目の前にいるのは王ではなく、恋人としての彼だ。
 天井へと向けさせた手のひらに、取り出したプレゼントの小箱を乗せる。すっぽりおさまるサイズのそれを見たユーリが、予想通り素直に驚くのを見守ってから、開けるように促した。
「えっと、おれなにも用意できてないんだけど」
 手触りの良い天鵞絨の中身は、普段そういうことに疎いユーリにも察せられるのだろう。緊張しながら小さなリボンを解き、蓋を開け、息を呑んだ。
 深い青の石が嵌ったシンプルなリングが二つ。
「おそろいついでに、つけてもらえると嬉しいんですが」
 サイズの違うそれと、コンラートを交互に見比べたユーリが、恐る恐るといった風に指を伸ばして大きい方のリングを手にとった。
「嬉しいんだけど、やっぱり悔しいな。おれも用意したかった」
 箱をテーブルに置き、今度は逆に手を伸ばす。右か左か、この国にもそういった風習はあるのだろうかと考えながら左手を選んだユーリは、ちらりと窺ったコンラートの表情に正解を知って表情を和らげた。
「ありがとう、コンラッド」
「こちらこそ、ありがとうございます。ユーリ」
 互いの左手の薬指に嵌ったリングが、少しだけ恥ずかしい。そのくすぐったいような居心地の悪さに、どちらともなく笑いあった。


Happy Birthday Yuri & Conrad!!


(2010.07.29)