ツルバキア
ついさっきまで抱き合っていた。
余韻を楽しむように、ぐったりと弛緩した身体を抱き寄せる。このまま寝かせてあげたいのは山々だが、眠ってしまう前に身体を清めておくべきだろう。
それは彼も同意見らしく、シャワーを浴びるかとの問いに、まだ僅かに乱れた息のままで一つ頷いてみせた。
「運びましょうか」
ついでに、洗ってさしあげましょう、とは心の中でだけ付け足したのだが、残念ながらきっぱりと断られて、ひとりで浴室に逃げられてしまった。
甘い空気など忘れてしまったかのように慌しく、けれどはっきりと見て取れるほどに顔が真っ赤に染まっていたので、追いかけることなく笑顔で見送ったのだが。
一人で行かせてしまったことを後悔したのは、ドアの向こうから微かに俺を呼ぶ声が聞こえたからだった。
「ユーリ?」
慌てて飛び込んだ浴室には既に彼の姿はなく、ただノズルから湯が流れていた。
「行ってらっしゃいぐらい、言わせてください」
言葉とは裏腹に、一緒にいたならば行かせたりしなかったのに、とも思う。
照れる彼を逃がしてやるんじゃなかった。
ずっと腕に抱きしめておけばよかった。
流れ出る湯を止め、浴室を出る。自分以外が存在しない部屋は、急に寒々しく感じた。
「ユーリ」
名を呼ぶが、もう返してくれる人はいない。
彼の痕跡をたどるように、床に散らばる彼の衣服を一つ一つ拾い上げ、そっと抱きしめた。
ツルバキア……残り香
(2011.01.25)