ユーリ陛下はぴば2011
「……?」
揺り動かされたユーリは、薄く目を開いた。
僅かに明かりがつけられただけの部屋は、全体的に暗く、窓から陽が差し込む様子もない。
「なに、もう朝?」
ぼんやりとした頭で、昼間聞かされた予定を思い出す。
早起きだとは聞いていたけれど、まさかこんな時間に起こされるとは。
「いいえ、まだ夜ですよ。日付も変わっていない」
「そっか」
目元を擦る手をとられた。そんなに強く擦ったわけでもないのに、赤くなりますよと柔らかく咎める声がくすぐったい。
背中に差し入れられる手に促されるままに上体を起こすと、ようやく少しだけ意識がはっきりした。
「どうしたんだ、コンラッド。おれどれぐらい寝てた? いま、何時? っていうか、いままで仕事?」
口がまわるほどに意識がよりクリアになる。さらに、数度まばたけば、すっかり覚醒だ。
「ユーリ」
「……ん」
ユーリの矢継ぎ早の質問は、立てられたコンラートの人差し指が唇へと触れることでストップした。
「そんなに眠ってませんよ。4時間ってところかな。仕事は先ほど終わりました。遅くに起こしてすみません」
指先は唇へと触れたまま、ユーリがしゃべることを許さない。けれど、コンラートの答えは、ユーリの知りたいことの一部に留まったまま。
「……」
「……?」
二人とも黙れば、部屋の中に静寂が訪れる。
けれど、それは長く続かなかった。
部屋に備えつけられた時計が低く耳に心地よい音色を奏で始めると、指先は唇から離れていき、代わりに大きな手のひらがユーリの頬を包み込んだ。
「HappyBirthday、Yuri」
「……あ」
コンラートが囁いたのは、眞魔国の言葉ではなかった。流暢な発音のそれは、ユーリの生まれた国の言葉。
「もちろん明日もお祝いさせてもらうけれど、誰よりも先に言いたくて」
額へと祝福を受けながら、ユーリは日付が変わったことを知った。
「……ありがとう」
すぐに唇は離れたけれど、感覚だけはいつまでも残る。くすぐったさを誤魔化すように、額へと触れながら浮かぶのは、照れ笑い。
嬉しさと恥ずかしさが混ざった感情は、いつもより近い距離で見つめられることで、すべて伝わってしまうのではと恐ろしくなる。
つい視線を彷徨わせたユーリの感情に気付いているはずなのに、コンラートとの距離は近いまま。
「……コンラッド、近い」
「そうですか?」
「そうだよ」
コンラートが、笑う。クスクスとあがる声はまるでからかうようで、少しだけむくれたユーリの頬に、コンラートの唇が触れた。
「起こしてすみませんでした。さあ、ユーリ、もう休んで。これ以上は、あなたをさらってしまいそうだ」
唇が離れるなり額から頬へと移動しようとしたユーリの手は、結局、頬に触れることはなかった。体を引いたコンラートの腕を掴んだからだ。
「えっと」
「ユーリ?」
正直に言ってしまえば、このところ少しいじけていた部分があった。主役は祝われるのが仕事だと、周りは忙しくしているのに一人だけ蚊帳の外。
昨日だって、明日に備えて早めに休めと気遣われはしたけれど、部屋でひとりは少し寂しい。
申し訳ない悩みだと自覚しつつも、素直に自身の誕生日を祝えなかったのは事実だ。
けれど。
「おれも、あんたに一番最初に言ってもらえて、……すごく嬉しい。ありがとう」
たった一言で、そんな感情がすべて消え去ってしまう。二重の意味で告げた礼を受けとったコンラートは目元を和らげ、それから、なぜかユーリから視線を逸らした。
「困ったな。すぐに、寝かせてあげるつもりだったのに。お誘いは嬉しいけど、明日は寝不足ですよ」
「あ、いや、これはそういう意味じゃない!」
慌てて、しっかり掴んでしまっていたコンラートの腕を離すが、今度は逆にユーリが捕まることになった。
「分かってますよ。本当にさらえたら、いいんですけどね」
強くはない力で、けれど簡単には離れてしまわないように指を絡め、握りこまれる。
手のひらの熱が、くすぐったい。
「さあ、もうしばらくいますから横になって」
「うん」
「みんな張り切っていましたから、きっと楽しい降誕祭になりますよ」
ベッドの端に座ったコンラートが、横になったユーリを見下ろす。
「眠れるかな」
「目を閉じればじきに」
遠足前の子供のような気分のまま問いかけるユーリに、コンラートが答える。
幸福に包まれた高揚感は、決して眠りを妨げるものではなかったらしい。
やがて眠る手から力が抜け、その寝息が穏やかなリズムを刻みはじめたのを待って、コンラートはもう一度額へと祝福を贈った。
「HappyBirthday。生まれてきてくれて、ありがとう」
ユーリ陛下、はぴばー!
(2011.07.29)