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おれとコンラッドの関係において、普段からお願いごとをすることはあっても、お願いごとをされることは滅多にない。
だから、お願いごとをされた時に、嬉しさばかりが先走って二つ返事でオーケーしてしまったのだ。
そしていま、おれはものすごく後悔していた。
■ ■ ■
「ありがとうございます」
目の前には、これでもかってほどにこやかな笑顔のコンラッド。そう、おれは確かにこの笑顔を見たかったはずなのだ。なのに現在のおれは、嬉しいよりも「失敗した」みたいな気持でいっぱいだ。
「えーっと……」
「ください」
「本当に?」
「俺にくれるために、持ってきてくださったんでしょう?」
そう、確かにコンラッドに渡すために用意した。一緒にスタツアできるようにビニール袋に入れた上でポケットにしまいこんで。そうしてめでたくスタツアできた今日、コンラッドに渡すために彼の部屋を訪ねたわけで。
渡してしまえばお願いごとは完了する。その直前での悪あがき。
「あっ」
いつまでも渡すことができなかったそれを、珍しい強引さでコンラートに奪われた。
「あああ……」
おれは約束は守る男だ。いまさら、なかったことにはできないと用意はしたものの、いざ自分の写真を相手に渡すというのは恥ずかしいものがある。
まるで意地悪でもするようにコンラッドはおれが届かないほど高い位置に写真を掲げてしばらく見つめ、それからおれを見下ろして嬉しそうに目を細めた。
「バックは桜ですね。これは、春?」
「うん。入学式の写真だから、三か月ぐらい前かな」
眞魔国と地球を行き来しているせいで実際にはもっとずっと前のことのように感じるけれど、地球の時間にしてしまえばまだ三カ月前。新品の学ランを着たおれの姿が、そこにあった。
ため息交じりに素直に答える。いつもと代わり映えのしない姿だ。
男子高校生ともなれば、なかなか写真をとる機会なんて多くない。節目にとった数少ない写真の中で、一番映りのよさそうなものを選んで持ってきた。
「で、そんなのどうするんだよ」
「ユーリがいない間に、慰めてもらおうかと」
「はい?」
慰めるってなんですか。
「いろいろです」
「いろいろって……」
「話しかけたり、キ……」
「わーわーわー、いい。聞きたくない」
なんてこと言いだすんだ。
恥ずかしい言葉をさえぎり、おれはまたお願いごとを安請け合いしたことを後悔した。
けれど、頼んだところで返してくれそうにない。
「今度、カメラ持ってくる」
「いいですね、ユーリの写真をたくさん撮りましょう」
「ちがう、あんたのだよ」
「キスするために?」
「……ちがっ」
う、と言いかけた言葉を噤んだのは、ないとは言いきれないからだ。
地球に戻るなりポケットに頼まれものの写真を入れて、次にスタツアできる日を楽しみに過ごしていた。こんなもので喜ぶのだろうかと思いながら、喜んでくれることを期待しながら。そして何よりも、おれ自身が彼に会えることを楽しみに。
そして考える。彼の写真が一枚、手元にあったら、と。
「一緒に写真をとりましょう」
「うん」
否定できなかったことに気付いていたんだろうけれど、コンラッドはこれ以上おれをからかうことをやめたらしい。胸ポケットに写真をしまってからおれを腕の中に閉じ込めた。
その写真がどうなるのか、おれは知らない。
ただ、いまはおれがいるんだから、そいつの出番はまだ先だ。
(2012.05.08)