photograph 2


「じゃじゃーん!」
 どうよこれと言わんばかりに手にもったそれを掲げて、おれは胸を張った。目の前のコンラッドは、惜しむことなく賞賛を込めた拍手を贈ってくれている。
「すごいですね」
「だろう? ちょっと持ってくるのに苦労したぜ」
 おれの手に少しあまるサイズの黒いボディのイカしたそいつは、カメラだ。いわゆるポラロイドって呼ばれている現像がいらないタイプの。
 前回、コンラッドのお願いによって自分の写真を持ってきたおれは、自分の写真だけコンラッドが持っているということに不公平さを感じて、彼の写真をとるべくこうしてカメラを持参したわけだ。
 ぺらぺらな写真と違って、今回はおもちゃとはいえそこそこの大きさ。しかも水濡れ厳禁ってこともあって、結構苦労した。いつこちらに来られるかわからないんだから、野球小僧からカメラ小僧に転職したのか?ってお袋に驚かれるぐらい毎日持ち歩くという涙ぐましい努力を経て、今に至る。
「ちょっと貸してください」
「いいけど、使い方分かるの?」
「なんとなくですけど」
 手を差し出され、気分がいいおれは、なにも考えずにコンラッドへとカメラを渡してしまった。しばらくいろんな角度からカメラを見ていたコンラッドは、それっぽくカメラを構えてレンズをおれへと向けてきた。
「はい、ユーリ。笑って」
「ちょっと待て!」
 いきなり笑えと言われても、あいにくおれはモデルじゃない。観光の記念ならいざ知らず、見慣れた部屋でカメラを前にして、急に笑えるか。
「っていうか、違うだろ。それはおれがあんたを撮るために持ってきたの」
「そうですか?」
「そうですかじゃないよ。返して」
 撮影可能枚数は確か十枚ぐらいしかなかったはずだ。一枚も無駄にできない。今回はお試しということで、予備のフィルムは持ってきてないし。
「ほら、かーえーせー」
「仕方ないですね」
「それはこっちのセリフ」
 危ないところだった。
 無事におれのもとに返ってきたカメラを構えて、今度は彼に向けてみた。レンズ越しの彼は、動揺することなくまっすぐにこちらを向いて、唇の端を引き上げた。まるでモデルみたいな完璧な笑顔に、何故かこちらの方が動揺してしまってシャッターを押せない。
「撮らないんですか?」
「いや、なんか、改めて見ると恥ずかしいなと思って」
「いい顔で写らないといけないと思ったんですけど、ダメでしたか?」
 いや、十分です。カッコイイです。逆に、かっこよすぎてこっちが照れるっていうか。
「あなたに見つめてもらう写真ですからね、少しでもいい表情をしたいじゃないですか」
「はい?」
 それにしても照れますねぇ、などと言いながら笑うコンラッドを前にして、おれはついにシャッターを押すことなく腕を下ろした。
「違うんですか? 俺は毎日ユーリからもらった写真を大切に眺めてますよ」
「待て。どっから出すんだ、それ」
 あろうことか胸ポケットから出てきたのは、前回おれが彼に渡した写真だった。実際にそんなところから出されると、冗談だと流すこともできなくて困る。
「毎日持ち歩いていると、痛みが早くて困ってしまいますね。今度、ユーリにもう一枚写真を頂きたいと思ってたところだったので、カメラを持ってきていただいて助かりました。次はアニシナにコーティングでもお願いしましょう」
 おれは軽い気持ちで、ものすごい過ちを犯してしまったんじゃなかろうか。
 気づいた時には後の祭りで、呆然としている間に奪われたカメラはコンラートの手の中。笑ってといわれたところで、乾いた笑みしか浮かべられるわけがなかった。

 結局、一枚だけでその日は終わったのだけれど、どうしてか知らない間にフィルムが減っていて、おれが激怒するのはまた別の話だ。


(2012.08.17)