Trick or Treat
「陛下は仮装しなくてよかったんですか?」
「主役はグレタだからね、おれはお菓子をあげる担当なの。それから、陛下ってゆーな、名付け親」
ハロウィンの主役は子供だ。
地球的感覚ではおれもまだ子供かもしれないけれど、こっちの世界では義理とはいえ一児の父だし、仮装したかわいい愛娘に「とりっくおあとりーと」と笑顔で言われてみたいじゃないですか。
決して執務が終わらずに、執務室に監禁されていたせいじゃないったらない。
「そうでした。今日も一日お疲れさまでした、ユーリ」
「うん、あんたもお疲れさん」
結局、執務室にやってきた愛娘へとポケットにしのばせたキャンディーを渡しただけでおれのハロウィンは終了してしまったけれど、「お仕事がばってね」なんて可愛く言われて頬にキスまでもらったんだから大満足だ。
「俺としては、仮装したユーリが「Trick or Treat」って言ってくれるのを待ってたんですけどね」
「そんな時間なかっただろー」
脱いだ上着を当然のように差し出された手に預けた。黒くて厚めの生地の上着は、少し前までは暑苦しくて仕方がなかったのに、気づけばなくてはならない気温になっていて、脱ぐと少し肌寒い。
すぐに別のやわらかな上着を肩にかけてもらうと、その暖かさに自然とため息が漏れた。
「今からでも、遅くないですよ」
「あんた、お菓子用意してたわけ?」
昼間はお互いポケットにキャンディーをしのばせていた。それは、グレタにあげるために一緒に用意したものであって、既に当初の予定通りにグレタの手に渡っている。
おれのポケットは空っぽだし、彼も同じだと思っていたのだが。抜け目のない男は余分に用意していたのだろうか?
「持っていませんが」
ちらりとポケットに向けた視線の意味に気づいたのか、にこやかな笑顔が否定する。
ならば意味がないではないかと言いかけたおれの言葉を遮って、珍しい強引さで強請られた。
「それで、言ってくださらないんですか?」
一言ぐらい、言うのは簡単だ。でも、笑顔に引っかかる。
僅かの間見つめあい、折れる気がないらしい雰囲気を感じ取って、おれは肩を竦めてみせた。
「……Trick or Treat」
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ。
けれど、お菓子はないらしい。ならば、何をくれるのか。
それとも。
お菓子をもらえずにイタズラをするのは、問いかけた方のはずなのに。
返事の代わりに、肩へと大きな手が触れた。少し膝を屈めたらしい男の顔が近づいてくる。浮かんでいるのは、いたずらっぽい笑みだ。
これはイタズラだろうか。それとも、お菓子のかわりだろうか。
どちらにせよ、甘い。
降ってきたキスは、夕食のデザートにでたカボチャのプリンの味がした。
Happy Halloween!!
(2012.10.31)